いろいろ

いま函館にいます。来週中ごろまで、函館、北斗市、札幌市、当別町と北海道内各地でスライド上映やこども達とのワークショップ、小さな写真展。
以下に最近のことなどをつれづれなるままに…
■プリンタ
今後の表現活動のさらなる展開を計るため、新しいプリンタ導入。でも諸事情により、購入3週間にしていまだ稼動できず…。じつは、コンセントを差し込むどころか、自宅にすら置けていない。このプリンタの性能テストのために印刷媒体各社に請求した用紙サンプルも一切試せずにいる。うう…。
■ビルマからの手紙
先日、ある事情で親戚一同が集まる機会があり、僕も北海道内某地の母の実家へ。そこで、戦時中ビルマに従軍した僕の祖父が現地から家族に宛てたハガキを見せられる。
当時30歳代半ば(今の僕と同じだ…)だった祖父が、妻や母、そして僕の母を含む5人の幼い子供たちに宛てた、数十通にのぼるハガキ。僕の母に宛てられた手紙には「○○ちゃんからてがみがとどいたよ。おとうさんはうれしくてうれしくて、おどったよ。」と。
いまはすっかり黄ばんだハガキに、しかし、じつに丁寧に綴られた文字。その文面の一行一行からは、いつ帰れるとも、また、果たして生きて帰れるとも知れぬ戦地で家族を思う祖父の静かな思いが滲み出していた。なかには、自分の妻や母に宛てた遺言めいた内容の文面も…。
その後幸いにも祖父は無事復員し、北海道の田舎町で家業を営みながら、妻や子、孫とともに、静かに余生を過ごした。
しかし、僕が知っているあの祖父が、無口だったけれど優しかったあのじいちゃんが、いまの僕と同じ年頃に、夫として、父として、こんな思いを抱きながら異国に居た、いや、居させられたのだ…。自分が知らない祖父の姿を目の当たりにし、胸にこみ上げるものがあった。
それらのハガキのうちの何通かは、ところどころ文面が黒く塗りつぶされていた。そう、検閲、というやつだ。家族への配達の前に、軍部の検閲官が軍事機密に相当すると思われる箇所を塗りつぶしたのだ。
家族に宛てられた私信を、第3者である検閲官が読む。軍の規律に照らして、一字一句を、読む。読んで、それを塗りつぶす。人が人へ宛てた思いを、人が読み、そしてそれを人の手が、黒く黒く塗りつぶしてゆく。
この光景を想像し、僕はぞぞっと寒気を覚える。
僕は戦争というものについてつくづく考える。そうなのだ。戦争とは、問答無用で「人が人を塗りつぶす」行為なのだ。人の暮らし、人間らしい温かな思いや情、そしていのちを、他でも無い’人の手’が、一つの規律で真っ黒く塗りつぶしてゆくもの、それが戦争の現実なのだ。
これは、あまりにも短絡的な言い方だろうか。しかし、たとえいかに短絡的であろうとも、それはきっと間違いではないだろう。このハガキを前にしながら、僕はそう思わずにいられなかった。
ああ、戦争って、ばかばかしい。なんと’人’を軽んじる、人間にあるまじき営みか。
さて…
そんなばかばかしくて非情な「戦争という方法」を本気で止めようとはせずに、例えばさらに20万ガロンだか80万ガロンだかの「油」を給し、火に油を注ぎ込むこと。それがほんとうに、いま現に戦火の中にある人々のために、その地に生きるオトーチャンや子供たちのために、離れ離れにさせられている家族達のために、また背広姿のオッサン達が好んで言うところの「国際社会」だか何だかのために、本当に役にたっているのだろうかね?
■こどもワークショップ
函館に来てから、昨日今日と、小学校2校でスライド上映講演とワークショップを行った。
昨日は、なんと、こども達だけで180名の参加者。ワークショップの人数としては過去最高(講演のみでは某中学校で500名超というのがあったけれど…)。
ワークショップの最中は、できる限りこども達に声を掛けて回るようにしているのだけれど、さすがに昨日は人数が多くて、声がガラガラになってしまった…。
でも、昨日も今日も、天気が何とか好天のままもちこたえてくれ、寒いながらもこどもたちと楽しく半日をすごすことができた。
今日、ある子らは、校庭の片隅で見つけたキツネノチャブクロ(別名ホコリタケというキノコ)が胞子を空に向かって勢いよく吹き上げる様子を始めて目の当たりにし、歓声を上げていた。
初冬の空に、こどもらの声と共に、いのちの種が無数に舞い上がった。嬉しい瞬間だった。
そして、これはいつもいつも強く思うことなのだけれど、僕の拙い講演とワークショップのためにとにかく一生懸命尽力してくれるPTAや保護者会の方々に、本当にお礼の言葉が言い尽くせ無い。この場をかりて「ありがとうございます」。
願わくは、この拙い講演とワークショップで蒔いた(つもりの)タネを、学校の先生方が今後じっくりと育んでくれたらいいなぁと、切に思う。
■しかし…
僕がこうして函館に1週間いるということは、すなわち僕が1週間、自宅を留守にするということ。また、たとえば2週間撮影に出て僕が森を満喫しているその間、二人のちいさな子らの面倒、そして日常の家事は、まるまる2週間分、もっぱらカミさんの肩にのしかかることになる。
彼女にだって、自分の仕事、自己実現への夢があり、それをなしてゆくために欠くことのできない大切な「自分の時間」がある。
それを僕は、僕自身の仕事や自己実現のためにカミさんから奪っているわけだ。これは自虐・自己卑下ではなく、冷厳な事実だ。
僕は、家事や子育てを「負の時間」として捉える気は毛頭無い。しかし一方で、日々を生きる当人が、また、こどもと関わるその人自身が、「わたしがわたしとして生きられている実感」なくしてまともにそれらの事柄と向き合え、また、そこから価値的に「正」の時間や経験を得られるとは思えない。
僕にまつわる現在の由々しき事態をどうにかしなくてはならないと、このところの忙しさのかなでいろいろ考えている。
特に、昨日今日のように遠征先でのこどもたちと豊かな時間を楽しむたびに、まるで揺り戻しのように、そんなやりきれない思いに度々とらわれる。