だって春だもん、重版

■トップページでもお知らせしていますが、この度拙著「だって春だもん」が重版になりました。
■初版発行から2年近くかかりましたが、こうした”季節もの”でなおかついささか地味な本ながら、結果、たくさんの方々に手に取っていただくことになりました。本当に嬉しいです!
■僕の住む北海道では、まだまだ氷点下になる日々があと数週間続きます。でも、窓の外を眺めれば、日に日に長くなる日照時間とお日様の高さ、空の色、膨らみ始めたヤナギの枝先の変化などに、春が確かに近づきつつことを感じます。
■そういえば、季節柄、世の中高3年生たちはいま、自分の春を満開の花で飾ろうと、緊張と疲労とに耐えながら懸命に机に向かっていることですね。
■どうぞそれぞれのベストが尽くせますように。自分自身の春を、その手でしっかり抱きとめられますように。
■中高生に限らず、年度替わりは変化の時期。こころも身体もさまざまなストレスに晒されます。
■思い返せば、写真家を志す意気込みだけで北海道に乗り込んできた10数年前、将来に何の展望も見出せなかった若い僕にとって、寒い冬が延々と続いて行くかのように思えるこの時期は、毎日、言い様の無い不安と葛藤で押しつぶされそうになっていました。
■ついに半ば自暴自棄になって安アパートの部屋を飛び出し、がたがた身を震わせ、自分の情けなさにべそをかきながら、まだ雪がたっぷり残る藻岩山の山麓をあても無なく徘徊したこともありました。
■でもそのときに、寒い寒い冷気のなかでも確実にふくふくと膨らみを増す木々の芽(あれはオニグルミだったかなぁ…)を間近で見、その密かでゆっくりだけれどじつに確かないのちの躍動の底力に、いたく励まされました。
■全く当たり前のことなのかもしれませんが、いのちには、自ら芽生えようとする力が自ずと備わっているのだと思います。(このことは、幸いなことに親になるという経験を得た今、僕にとってはほとんど確信といってよいものです)
■当たり前すぎて見過ごしがちですが、その”当たり前”ほど強く確かなことはありません。そして、言い方はおかしいかもしれませんが、そうした”当たり前”なことほど力強い美しさに満ちたものは無いようにすら思えます。
「うごきだす
 たとえまだ ひかりはすこし よわくても
 つめたいかぜは ふいてても
 もりは ゆっくり うごきだす
 だって ほら
 もうすぐ もうすぐ
 はる だもん」
         (「だって春だもん」より)
■みなさんのもとへ、みなさんにふさわしいタイミングで、みなさん自身の春が、たしかにやってきますように。拙著重版の感謝に添えて。