ふみばあちゃんのほしがき

ようやく仕事の区切りが見えてきた。ふう…。なので今日からは、これまでサボった分、まじめにブログを書けそうだ。
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■先日の本州出張の最後の日、本当にいろいろな偶然が重なって、京都で行われたある絵本イベントに参加することになった(お客さんとして)。
■そのイベントは「WAVE in おとくに」。絵本作家らを中心にして立ち上げられた「こどもの本WAVE」という団体のイベントだ。向日市にある絵本店「Wonderland」が中心となって主催し、いくつかの講演と併せて絵本『世界中のこどもたちが103』の原画展も行われていた。
→こどもの本WAVE 公式サイト
→絵本『世界中のこどもたちが103』(Amazon.co..jp)
→Books & Cafe Wonderland
■そこではいろいろな出会いがあって、とても素敵な時間を過すことができた。元はといえば、鎌倉在住の絵本作家Nさんからいただいた何気ないメールがきっかけだった。Nさんに感謝。
■そのときに初めてお会いすることができ、講演後に少しお話もさせていただいた絵本作家・浜田桂子さんから、今日すてきなものが届いた。浜田さんの著書である『ふみばあちゃんのほしがき』(月刊かがくのとも)だ。
■ご丁寧にお手紙も添えていただいた。イベント当日、僕がほとんど押し付け同然に拙著『森のいのち』を進呈させていただいた、そのことへのお礼なのだという。うーん、恐縮…。
■ワクワクしながら表紙をめくる。嬉しい浜田さんのサインのあと、最初の見開きには、遠景として富士山を間近に望む山間の町(農村)が、そして近景には、たわわに実をつけた柿の木が、やわらかなタッチで描かれていた。町からは、荷台が空っぽの軽トラックが一台、柿の木がある山のほうへと上がってくる。
■物語は、この町で果樹園を営むふみばあちゃんが秋から冬にかけて毎年行っている干し柿作りのようすを淡々と追ってゆく。柿の収穫から皮むき、干し作業、そして、完成した干し柿を箱詰めして送り出し、最後には、冬支度に入った裸の柿の木をさすりながら、ばあちゃんが木に向かって「おつかれさんでした」と声を掛けるまで。
■どのページにも、ふみばあちゃんをはじめ、お手伝いにきているおばさんやおじさん、近所に住むこども・みっちゃんとけんちゃんの、楽しくにこやかな笑顔が描かれている。背景の山並みや、ばあちゃんと子供たちの服装は、ページが進むに連れて段々と寒い寒い冬の装いに変わってゆくのだけれど、どんなに季節が移り変わっても、干し柿作りの営みそのものを包む温かな雰囲気は変わることが無い。
■なかでも僕が特に好きなページは、ばあちゃんとみっちゃん・けんちゃんの3人が、ばあちゃんの家の居間のコタツに入りながら、ようやく出来上がった干し柿を食べている場面。
■大きな干し柿を両手で掴みパクつくみっちゃん。柿の収穫から手伝ってきてようやくできあがった干し柿を手に、さも満足そうに微笑んでいるけんちゃん。そして、お茶が入った湯飲みを手にしながら、そんな子どもたちの様子を嬉しそうな笑顔で見つめているふみばあちゃん。
■ばあちゃんの居間のようすが丹念に描かれているのがいい。壁に貼られた12月の「JAフルーツ」カレンダー。床に置かれたティッシュは「コープ山梨」印。神棚に飾られた破魔矢の下には「道祖大神…」「蚕神宮…」と書かれたお札が。ばあちゃんは昔、お蚕さん(養蚕)もやってたのだな。たいそう働き者のおばあさんなのだろうな…。
■対面の壁には、ばあちゃんが作業のときにいつもかぶっているつば広の帽子と、オレンジ色した小さな巾着袋が掛けられている。あの巾着の中には何がはいっているのかな?ちょっと気になるな…。
■仏壇に飾られた写真に写っているのは、消防団姿のおじいさんだ。きっと、先に亡くなったばあちゃんのつれあいなのだろう。その写真の前にはちゃんと、お茶が注がれた湯のみ(ばあちゃんのとおそろい)、そして、できたばかりの干し柿が2つ、白いお皿に盛られ供えてある。
■そして、僕がこのページの中で、なぜだかとても嬉しく思ったのは、壁掛けの振り子時計が、ちょうど午後3時を少し回った時刻に描かれていた事。そう、みっちゃんもけんちゃんも、ちゃんと「3時のおやつ」として干し柿をほおばっているのだ。
■コンビニに行けば何時でもスナック菓子にありつける今、3時ちょうどに干し柿を、さも幸せそうにほおばる子どもたち。それを見守るばあちゃん。その描写の内に僕は、このばあちゃんや、ばあちゃんの傍らで暮らすこの子どもたちが日々守り続けているであろう、何かこう、穏やかながらも凛とした「暮らしの確かさ」を感じずにおれなかった。
■このように丁寧に描かれたばあちゃんや子どもたちの「日常」。もちろんそれは偶然に描かれてしまったものなどではない。いうまでもなくそれらは、作者である浜田さんがそれらを書き込む事に意味を見出したからこそ、このページの中に存在しえたものたちだ。
■僕はこの、「生活」や「繰り返される営み」、そして、そこから生み出されてくる’貴きもの’(それは完成品としての干し柿であるし、また、風雪に耐えた柿の木の立ち姿、労働者であるふみばあちゃんの逞しい’手’でもある。浜田さんは、ばあちゃんの手をことさら丁寧に描いている)に向ける浜田さんの柔らかな眼差しに、とても感銘を受ける。それを幸せで温かで価値あるものとして描こうとする姿勢にも。
■収穫を終えたブドウ棚の下で、にこにこと笑いながら柿の皮剥きをするばあちゃんやおばちゃんたちは、どんなおしゃべりをしてるのだろう―。この本のページを繰りながら僕は、きっと今年もまた山梨のところどころで繰り広げられるであろう実際の干し柿作りの風景を思い浮かべ、そこに連綿と流れる「暮らし」の温かさを思ってみる。そして、自分の心を温める。
■うーん、今日はとても素敵な本を送ってもらった。
■と、最後のページを読み終えて裏表紙を見ると、あ~、ここにあった!そうだったのか!
■さっき居間のページで気になっていたオレンジ色の巾着。それが、軍手や剪定バサミ、つば広の帽子など、ばあちゃん愛用の道具とともに再び裏表紙に描かれていたのだ。その小さな巾着の中からこぼれ出てきたもの。それは……本を読んでのお楽しみ!
■でも、きっとみっちゃんとけんちゃんも、お手伝いの途中でこの「巾着の中身」をばあちゃんからもらったんだろうな。どんな顔してもらったんだろ。もしかしたらばあちゃん、「ほれ、取材はその辺にしてさ…」とかなんとか言いながら、浜田さんにもひとつあげたかも―。
■それを思って、またちょっと、僕の心が温まった。
■ほんとに、今日はいい本をいただいた。