もろもろ

【学校での講演】
■11月9日、奈良市内の小学校での、マリンバ奏者中田麦さんとのコラボ公演。
■忙しい日程の中で、僕の森の写真映像に、透明感のある陰影と幾ばくかの緊張感を帯びた絶妙な楽曲をつけてくれた中田さん。中田さんの”森”への理解に、とても共感。嬉しい。
■来年5月、再び奈良市内のホールや学校でコラボレートできることが決まった。これも、嬉しい。
■しかし、翌10日の同市内の別の小学校での講演の折にも、また、その後高知の小学校で行ったデジカメ写真絵本づくりWSの折にも感じたことだけれど、このように「部外者」を招いての特別授業をじつに朗らかに企画遂行する教職員の方々と学校現場で出会えるということも、嬉しい。
■いま、管理主義とめまぐるしい多忙さが、学校現場の風通しを滞らせているように感じる。本来”伸びやか”であるべき育ちの現場に内向きな閉塞感ばかりが強まってしまうのでは…と心配になるような話をたびたび見聞きする。
■そんな中にあっても、子どもたちに佳き体験を、本物の経験を、と、外へ眼差しを向けることを諦めない先生方がまだたくさんいるのだ。
■そうした先生方の思いに対して、「外」の人間としてどれだけ純度の高いお返しをできているかどうか、我が身を省みると、ちょいと身がすくむ。と同時に、やはり、そんな先生方と出会えることがとても嬉しい。
【正倉院展】
■小学校での講演のあと、少し時間があったので、担当の先生のお勧めもあり「正倉院展」を観に行った。
■翌日が展示最終日、またちょうど遷都1300年で奈良自体が大賑わいしていたことも重なってか、午後2時を過ぎていたにもかかわらず会場の前には長蛇の列。
■少したじろいだが「せっかくこの時期に奈良に来たのだから…」と自分を励まし、久々に、自分の意志でこうした人の大群の中に身を置くことにした。
■さて、展示されていた数々の貴重な物品の中でも、今展の目玉である「琵琶」は、やたらと美しかった。古今を問わぬ”贅の極み”が、展示場の薄暗がりに浮き上がるように、爛々と輝いていた。
■でも、こうした美しくて貴重な「贅」がこの都のひとつところに集められたという華やかな歴史事実の裏で、さて、たとえば都を遠く離れた山間の名も無き民衆たちは、どんな暮らしをしていたのだろう…と思いめぐらす。
■華やかなスポットライトをあび、ある名とともに残る歴史とは、そして文化とは、何に根をもち、誰がため、何のため、と、展示場に溢れかえる人いきれのなかで、思う。