スイミーとミサイル狂想曲

■旅の帰り、舞鶴から小樽へのフェリーでは、くしくも「先ほど北朝鮮から”飛翔体”が発射された模様ですが、当船の航路には影響なく…」などという船内放送を聞くことになった。
■移動移動の毎日で、いわゆる報道メディアからは久しく離れていたこの2週間ではあったけれど、そんな僕の耳にも時折、件の「テポドン狂想曲」は入ってきてはいた。
■そのたび、僕は、今回の講演旅行に同行させたお気に入り絵本の一冊「スイミー」(レオ=レオニ著)を思い出しては、心がどんよりと濁りそうになるのを押しとどめるのだった。
■「スイミー」の舞台は、魚たちの暮らす海。しかしそこでは、”ミサイルみたい”に突っ込んでくるマグロの「恐怖」が小魚たちを支配している。
■でも、主人公である小魚のスイミーは、そんな状況にありながらも、じつはこの世界というものがたくさんの美しくて素敵な物事で満ち満ちていることに気づいてゆく。
■その後スイミーは、「恐怖」にすっかり弱められ片隅に追いやられてしまった仲間の小魚たちに出会う。そして彼らを前にして、”かんがえた。いろいろ かんがえた。うんと かんがえた”。
■そのすえにスイミーは、仲間達に対し、「恐怖」と正面から向き合うことを呼びかる。
■そして最後にスイミーはこう言うのだった。”ぼくが めに なろう”。
■「恐怖」とは何か、また世界とはどんなものなのか。そして、そこにおいて他者と共にどう生きてゆくのか。それを、自分の頭でしっかりと”考える”こと。
■眼を閉ざし、恐怖が世界を支配するのに任せてしまうのではなく、世界の本当の姿というものを”自分の眼”でしっかり凝視し、世界を満たす真に大切な事柄を”見抜いてゆく”こと。
■今回の旅では、時折耳に入る「狂想曲」の滑稽さに辟易とさせれたからこそ、なおさらこのレオ=レオニという作家の奥深さを強く感じることとなった。