デモンストレーション

■昨日札幌で、G8サミットに反対する大規模なデモンストレーション行進が行われた。
■夕方からのTV報道番組が軒並みその様子を伝える。それをみて、大いにガッカリする。
■TVメディアがデモンストレーションに対してもつ視点。それは、あくまでも「混乱」「不安」であるように見える。
■インサート映像として、わざわざ、ドクロの面をかぶったデモンストレーション参加者を紹介してまで、このイベントを「不安感」というものとリンクさせようとする。
■実際には、もっともっと「平和的」に、「明るく・楽しく」、でも「しっかりとしたメッセージを携えて」デモンストレーションを行った参加者がたくさんいたというのに、それらの様子、また、彼らが何を主張しているかの核心部分については、ほとんど無視される。
■それよりも、TVメディアが真っ先に伝えるのは、逮捕者が4人出たという「問題」。そしてそれに前後して、札幌市内や洞爺湖会場周辺の警備の警戒が強化されている様子、またJR駅のゴミ箱が撤去されただの、サミット安全対策に関する小ネタが続く。
■また、デモを見た市民の「こういうのを観るのは初めてで、ちょっと怖かったですね」などというインタビューを添えたりして。
■僕は不思議におもう。なぜこうも、TVメディアは、「デモンストレーション」と「騒動」「混乱」「不安」もしくは「暴動」とを結び付けたがるのか。
■いうまでもなく、デモンストレーションは、憲法で保障された人権のひとつであって、民主的な意志提示の手段の一つだ。
■あそこに集った人のほとんどは、多分、何かしらの意志や思いをもって行列に加わっている。
■もしもメディアが「私たちは、みなさま(市民)のためのメディアです」という基本姿勢をもっているならば、いま報道を通じて伝えるべきは、そのイベント的側面(しかも負の側面を強調)ではなく、デモンストレーションが提示している「民意」そのもののはずだ。
■札幌で、これまでで最大規模のデモンストレーションが行われる。その「理由」は何なのか。何を「提示」するために、このイベントは起こったのか。
■イベントの表層や、イベントの余波として起こった出来事を紹介するのもいいだろう。でも、そこからさらに掘り下げるべきは、イベントが起こるに至った「原因・根拠」のはず。
(「4人逮捕」にしても、なぜ逮捕に至るようなことになったのか、つまり、その場で一体何があったのか、参加者が何をしたから逮捕されたのか、または、【むしろこちらの方に僕はより関心があるのだが…】機動隊・警察がデモ参加者に対し逮捕の前後でどのような行動をとったのか、ということを知りたいものだ)
■しかし、大手TVメディア番組に限れば、その多くは、どうもその核心部分を伝えるつもりはないようだ。
■片方では、サミット会場の豪華ホテルの様子や新しく作られたメディアセンターの様子、洞爺湖の自然などを、情報バラエティ番組よろしく「ちやほや」と伝え、その一方では、反G8の声や行動は「不安」と絡めてごく表面的に紹介する。
■僕は、問題があるなぁ、と思う。
■TVというものが、そもそも構造的にまっとうなジャーナリズムを持ちがたいことは理解できる。特に、民放の根幹はスポンサー企業(大手企業)の「営利」と密接に結びついている。
■しかし、曲がりなりにも、影響力の大きなメディアが報道を行うのだ。起こったことがらの「何故・なに」を探らずに、物事の表層ばかりを一面的になぞっているだけで、いいのだろうか。
■TVに限らず、多くのメディアのそうした姿勢、とくに、ニュースに付随する「不安的側面」をことさら強調して伝えようとする姿勢こそが、日本が今抱える重大な諸問題の根底に横たわっていると僕は思っている。
■TVには、意識的に「市民」の側に立ち、深く根を掘るような報道・番組作りを期待したい。
■ちなみに、不安を煽り立てることで世の中をコントロールしようとする方法を「テロリズム」というのではかなったか、といまさらながらに思うのだが…。