ヒッグス粒子

ヒッグス粒子の解説を新聞で読んでいたら、以下のような説明が。
(正確な転載ではありません。小寺の要約意訳若干含む。)

ビッグバンののち、ヒッグス粒子が誕生するまでは、
すでに存在していたあらゆる素粒子は、
光(光子)と同じように宇宙の中で自由に振舞っていた。
しかし、ヒッグス粒子が宇宙に満ちることによって
素粒子たちに「動きづらさ」が生じ、質量が生まれる。
そして素粒子たちは互いにぶつかり、関係し合い、結合し、
原子が生まれ、分子が生まれ、物質が生まれ、
ひいては我々の宇宙に生命が生まれることになる。


えー、僕のチンケな想像力の範囲を遥かに超えた物理理論を
すべて理解できているわけではありませんが…。

でも、
「動きづらさ」がいのちを生んだ、
「動きづらさ」がいのちの母、
という超短絡が許されるなら、

それってなんだか、ものすごく、合点。

以前この不定期日記のどこかに
「時々はしんどい方をあえて選ぶ」というようなことを書いたけど、
僕は常々、「しんどさ」「めんどくささ」「やりにくさ」
「たどたどしさ」「思い通りにならなささ(そんな言い方、ある?)」って、
じつは、いのちとか生にとって、とても大切なことだと思っています。


ヒッグスさん。
すべてが光のままでは、いのちは生まれなかったんですね。
なるほどなぁ…。

光の象徴のような赤ちゃんが、母の胎から出た瞬間に
はじめてこの世界の「生きづらさ」を身にいっぱい浴びて大泣きする。
なんでそんなに泣くの…と思うくらい、身を震わせて泣く。叫ぶ。
でも、そこから赤ちゃんの(その人間存在の)この世界での生が始まる。

なんだか、自分の二人の娘の誕生のころのことを
思い出してしまいました。

はい、いつもの通り、飛躍しすぎです。笑