ヒメジョオンとギシギシ

数日間の遠出(出張)から戻るたびに、つくづく感嘆します。

「ヒメジョオンも、ギシギシも、スギナも、タンポポも、アカザも、ナズナも、シロツメクサも、
おまえらほんとに、元気だなぁ(泣)」

先日も書きましたが、我が家の菜園(仮)はいま、
世間様から“雑草”と呼び称される者たちの「夢の楽園」と化しつつあります。
いまは、ヒメジョオンの初々しい若葉が最高の見頃を迎えています(笑)。

正直、手がつかない状態で、
もう思い切ってこのまま手をつけないでおくという選択肢もありかな?とも思うのですけど、
しかしなぜでしょう、なんとなしに「手をつけないといけないような気」になってしまうのが、
ぼくの、人としての懐の狭さでしょう。

なので、ちょっとずつ、抜きます。

(そう、また今年も雑草抜きブログの季節がやってまいりました!
 また去年と同じようなこと、書きます!)

いろんな草を抜いていて面白く感じるのは、その「抜きやすさ」の違い。

“雑草”の地面すれすれ生え際の茎や葉の部分を掴み、ぐぐぐっと引っ張った時に、
さほど苦労せずとも、ぞぼぼぼ…という感触と共に根こそぎ土から全草を引き抜くことのできる
「抜きやすい草(抜かれやすい草)」があります(あの、ぞぼぼぼ…の感触、ちょっと快感)。

ナズナとかアカザなんて、コツさえわかれば抜くのは結構らくちん。

概ねそういう草は、単に「比較的根が浅い・弱い」というだけでなく、
茎や葉柄がある程度「強い」んですね。
茎が、ぼくの手の引っ張りに耐え得るだけの抗力をもっているから、
引っ張りの途中で茎だけがブツ切れてしまうということがなく、
根こそぎ全体を引き抜くことができる。

我が家で今が一押しのヒメジョオンちゃんなどは、いまはもう茎そのものが太くしっかりしているので、
特に工夫せずとも、面白いように根から抜ける。

一方、「抜きにくい草(抜かれにくい草)」たちも、います。

その代表選手が、我が家においてはタンポポとギシギシです。
どちらも“雑草界”ではかなり名の知れたチャンピオン級の「手強いヤツ」。

共に多年生の宿根草で、とにかく根が深い。
ヒメジョオンのような浅く広がるひげ根ではなく、
地中深くへがっつり割り込んでいく太く硬い直根を持ちます。

彼ら、地上の葉や茎を刈られても、その頑丈な根さえ健全に地中に残っていれば、
そこからまた新たに葉を広げることができる。
なので、人間様としては、もし彼らに本気でオサラバを告げたいのならば、
どうしたって根もろともやっつけなければならない。

しかし、しっかり育った彼らの根の深さはゆうに30cmにはなる。
その根もろとも地中から引き抜こうと思ったら、一筋縄ではいきません。

もしあなたが手作業で彼らを引き抜こうと、
他の“雑草”たちと同様に地上部の葉や茎の生え際を掴み、ぐぐぐっと引っ張るとします。
しかしあなたはすぐに、それが、根こそぎ駆除の作業としては全くの徒労に終わることに気づくでしょう。

そう、力を入れればたちどころに、指先で掴んでいる茎や葉、
茎と根の境界あたりがぶちぶちとちぎれてしまうからです。根は、微動だにしません。

子どもの頃にタンポポの花柄や葉に触れたことがある人は多いでしょうから、
多くの説明は不要でしょう。彼らは、その根の物理的強靭さに比して、
外部(地上)に現れている葉や茎が相対的に「弱い・柔い」。

彼らが生まれ持って備えた「秘められた部分の強さ」と「現れている部分の弱さ」。
弱さゆえに、強い部分が強いまま残る。

彼らを単に腕力で根こそぎにすることは、
彼らの“外敵・迫害者”たらんとする人(ぼく)にとっては、逆にとても難しいことなのです。

何も方法が無いわけではありません。世の中にはちゃんと、
そうした手強い宿根草を根こそぎにする「武器・武力」が存在します。

地上部の、すでに表に現れている茎や葉を拠り所に抜くのではなく、
表面下に秘められし根そのものに巧妙にアプローチして作用する道具、
例えば地下にぶっ刺した鉄ばさみで根を挟み込みテコの原理でひっこ抜くような道具もあります。

場合によっては、「化学兵器(=除草剤)」をぶっかけて死滅させるという、
最近では一番お手軽な手段だって、もちろんあります。

しかし、とにもかくにも、ぼくにとっては、このタンポポやギシギシの
「現れている部分の弱さゆえの、存在としての強さ」ってのが、
じつに面白いなぁと思えるのです。
逆に、根の弱さに比して「表に現れた部分がそこそこ強い」ヒメジョオンは、抜かれやすい。
ああ、バランスって、面白いなぁと思います。

まあ、これはいつものぼくの牽強付会のこじつけ。

ここでいう「抜かれやすさ」って、
彼ら草たちそれぞれの根と茎の強度の「差の大きさ」に由来するだけのことで、
ある意味、相対的なものかもしれません。

また、「人の手作業により、根こそぎ駆除される」という状況は、彼らの生活にとっては、
どちらかといったらかなり特殊な状況でしょうから、
それのみを拠り所に「草にとっての強さと弱さ」を一般化して捉えようなどとするのは、
そもそも馬鹿げてるといえば馬鹿げてる。
強さ弱さには、もっといろんな尺度、いろんな現れ方があるはず。

とはいえ、面白いものは面白いのです。
草木はほんと、いろいろ示唆をあたえてくれるんです。
よし、わかった、午後も庭作業だ!

ちなみにぼくは、「大量破壊化学兵器」で武装し、
タンポポとギシギシを一族もろともに殲滅することは今のところ考えていません。
ホームセンターで手に入れたごくシンプルな「テコの原理」道具と、
ある程度の「忍耐」および「受容」で、まあなんとかやっていこうかな、やっていけるかな、
やっていけないわけないよな、と思っています。