プリンタ/中央

【プリンタ】
■今日は午後から町内の公民館で「子どもデジカメワークショップ」。楽しみだ。
■今後いくつかデジカメワークショップのご依頼を頂いているために、このたび、思い切ってそれ専用のプリンターを複数台購入してしまった。
■僕にとっては巨額の出費だ…。ああ、どうしよう…。カード引き落とし日が、怖い…。
■でも、まあいい。必要経費だ。
■これまで、子どもカメラワークショップは何度かやってきたが、結局最後にネックになるのが、子ども達が撮った作品を、いかに皆で観れる状態、つまり「プリント」にするかだった。
■北海道の特に郡部では、プリント1~2時間仕上げなんてものをやってくれる便利なDPE屋がワークショップ会場のすぐそばにあることは稀だ。特にフィルムカメラを使っていたときなどは、どう頑張っても、撮影した写真をワークショップ当日にプリントとして子ども達に見せてあげる事が出来なかった。
■しかし、時代はデジタルになり、状況が変わった。
■最近のインクジェットプリンタの進化は目覚ましい。印刷品質と速度の劇的向上、そして「ダイレクトプリント」など機能の充実。現状のインクジェットプリンタならば、なんとか、即日・その場で子ども達に自分の作品をプリントとして手渡す事ができるようになった。
■デジカメワークショップを行う場合、いままでは、主催者にプリンタをどこかから調達してきてもらい間に合わせてきた。けれど、その都度プリンタの印刷速度性能が違うので、プログラム進行が大変組み辛かった。
■で、「いっそのこと、プリンタは自前で…」と考えてしまったのだ。
■ということで、今日これから新規購入したプリンタの華々しいデビューだ。
■自分が心を込めて撮影した写真が大きく引き伸ばされて目の前に現れる時の感動は、久しく写真に関わり続けている僕でも、いつも味わう感覚。
■子ども達の喜ぶ顔が、楽しみだ。大出費の痛みも、それで少しは和らぐな…。
【中央】
■生業として写真をやっていると、時折「写真家として、中央での活躍を…」という言葉に出くわす事がある。
■ここで言う”中央”とは、もちろん、東京周辺・首都圏のこと。もしくは、(日本においては)そこを拠点に繰り広げられているいわゆる「写真文化・写真産業」の動きや在り様をさす。
■そのたびに、ヒネクレ者の僕は、「中央って、何だろな?」と心中でつぶやく。
■人や情報が多くある場所が”中央”なのか。流れが大きく強いところが”中央”なのか。権威や権限が集まっているところが”中央”なのか。つまり”中央”とは、力であり、権威なのか。
■では、僕が今いるこの北海道の田舎町は、それに照らせば、なんと呼ばれるべき場所なのか――。
■正直に告白すると、特に「写真」ということに関していえば、僕の中にだって、いわゆる”中央(首都圏)”をある種の権威と結びつける価値観は確かに存在する。たとえば、人に自分の活動を紹介するときに、ついつい「新宿で写真展をやった際には…」などいう言葉が何よりも先んじて出てきてしまうことが多々ある。
■でも、そのたびに僕は、やはり、いわゆる”中央”というものが自分にとって何なのかを見つめ直す必要を感じる。
■写真に限らず、人(人々)の存在の在り様に”中央”というカテゴリーを設けること、さらには、そのカテゴライズされた部分に”特別な力や権威”を認めること。
■僕は、カテゴライズや権威付けそのものを「全くの誤りだ」として否定しようとは毛頭思わない。きっとカテゴライズされるだけの理由は多々あるだろうし、その中でこそ醸される特殊な力や”効果”もそこには確かにあるだろう。
■しかし、そのいわゆる”中央”なるものと、”私の足が現に立っている場”との距離感を常に見誤らないようにすること、それには充分注意をしていたいと思う。