写真展終了/仕事依頼

■4月11日に、神奈川県で開催していた写真展(拙著「だって春だもん」の原画展)が終了した。
■多数の方の来場があった。僕自身が在廊時には皆さんからあたたかい声をかけていただいた。
■これは謙遜でもなんでもなく、僕は自分の作品や写真への取り組みをまだまだ本当に「拙い」と思っているのだけれど(むしろ「拙くない」と心底思える日が、いったい来るのかどうか…)、それでもこうして皆さんに観ていただき、それぞれのことばでご評価をいただけることは、とても嬉しく、有り難い。
■ご来場頂いた皆さん、どうも有り難うございました。この場を借りてお礼申し上げます。
■今回の展示は、僕が生まれ育ったいわば“ホームタウン”での開催だった故、旧知の知人友人たちと楽しいひと時をもてたのもよかった。昔話で笑ったり、近況を報告して励まし合ったり。
■また、僕の幼なじみたちが連れてきてくれるその子どもらが、しばらく見ぬ間にグン!と大きくなっているのを見るのも、何とも言えず楽しい。
■ついこの間までは「たくちゃーん!」と僕の足元でちょろちょろかけずり回っていた天真爛漫なチビっこたちが、いまや「あ、どうも…」などと、妙にはにかみながら会釈をしてくる。
■この子らの成長のなんと速やかで、また初々しいこと。うーん、人は、ちゃーんと大きくなるんだなぁ!
■そんな彼らの成長の様子を目の当たりにしていると、僕はついつい悪いクセで、我が身の遅々とした人間成長を恥じたくなってしまう。
■もちろん、僕がどんなに成長を望んだところで、もう背が伸びてゆくわけでもないし、身体の内にみなぎる生命の活力をいまより劇的に高められるわけでもない。
■しかし、自分の精神の在り様と世界との関わりの持ち方、つまり、どんなふうに自他に向かって心を開き・眼を開き・耳を開き・口を開くかについては、この我が身にもまだまだ成長の伸び代は残されているはずだ。
■まけないぞ、子どもたちよ。おじさんはおじさんで、内なる初々しさに磨きをかけてやる。
■ところで、今回の神奈川滞在中、いくつか仕事のお話が舞い込んだ。
■その①、大阪での写真絵本づくりワークショップ開催のお問い合わせ。昨年大阪を訪ねた際に知り合った地元の子どもの本関係の方が「小寺さん、7月頃のご予定は…」とメールを下さった。
■じつは来る5月中旬には、関西~岡山~四国を10日間かけて回ってくることになっているのだか、残念ながらその際には京都でのイベント開催予定があるのみで、大阪のみなさんのところは心ならずもスルーすることになってしまっていた。
■しかし、これであらためて大阪に行ける!楽しみ!
■詳細は、後日おしらせ。
■その②、某有名月刊誌からの取材依頼。まだ詳細を明かすことはできないが、「森」を切り口にした特集の中で紹介される人物群の一人として、「森を撮る写真家」として取材を受けることに。
■「僕のような実績の小さい写真家でいいのですか?」と担当者に思わず確認をしてしまったが、詳しくお話を聞くうちに、その編集コンセプトにとても共感。それでは…と、4月中に某所で取材をしていただくことになった。
■こちらも詳細は後日。
■その③、ある大手出版社が発行する教育関係機関誌から寄稿依頼。
■在京最終日、羽田空港へ行く途中に立ち寄った某出版社で、最近の活動のこと、特にワークショップを通しての雑感や体験談などを編集者とおしゃべりしているうちに、「それ、秋頃の誌面に載せましょうよ!」とその場で執筆決定。
■これもやっぱり、詳細は後日。
■ということで、写真展を終えてホッとしたのもつかの間、今後また忙しくなりそうだ。でも、こうして声をかけていただけることは本当に嬉しい。
■先述したが、自分がやっていることの「拙さ」を自覚しつつも、否、自覚しているからこそ、こうして、いま自分がやっていること・これまでやってきたことを通じて人と出会い、その人々からこれからも”それ”をやってゆくエネルギーを与えてもらえるということが、信じ難く、そして嬉しい。
■「有り難い」とは、こんなときに使う言葉なのだろうと、日々実感。