写真絵本

■今、苫前にいる。昨夜のうちに羽幌に向け移動してきた。今日8日は羽幌でワークショップだ。
■さて、昨日7日は、午前中、上士幌中学校。昨年からI先生と取り組んでいる写真絵本づくりの講師。
■夏休み中に生徒たちが一人一冊作成した写真絵本を、ずらりと一覧。
■思春期の心情吐露あり、コミカルな生活日記あり、作り込まれたフィクション物語りあり、ビジュアルイメージを押し出してくる作品あり。いろいろ。
■しかし、夏休みという比較的長い時間を掛けて作られたとはいえ、多くの作品が、しっかり課題と向き合おうとした痕跡を残しており、そこにまず感心。
■そして、多くの作品が、ちゃんとその生徒の個性を反映している。なかなかスゴイ。
■「すごい人たちだな」と思った。そしてそのことがまた「ひとたちは、すごいな」という、僕の根本根底にある思いを揺り起こす。
■あともう一つ。
■僕は今回に備え、担当のI先生にある提案をしていた。
■これからいよいよクラスみんなで取り組んで行く写真絵本づくり”本番”にむけ、生徒たちに対してこちらから「テーマ」を与えてはどうか、と。
■いま、既に10月。受験生である彼女ら彼らに残された時間はそう多くはない。こちらがある程度の既定路線を示してしまったほうが、「学年末(卒業)まで完成に至る」という前提の上では、生徒たちのためにも、担当するI先生のためにも、やりやすいのではないか。そう考えたからだ。
■しかし、I先生は、僕からの提案にすこし悩みながらも「うーん、やっぱり、テーマについても生徒たち自身で考えてもらいましょう」と言った。
■確かに、現状として、夏休みに生徒たちが作ってきた写真絵本それぞれのテーマが大いに多岐に渡っていて、その生徒たちの多様な関心事をこちらの都合で一定の方向へ絞り込むことがかなり難しそうだ、ということもある。
■しかし一方でやはり「何はさておき表現する主体(=クラスで行われる全てのことの主体)は生徒たちであり、それを最大限尊重する」という信念が、このI先生の決断にはみられた。そう、I先生が掲げる理想は「表現ベースのクラスを作る」である。
■もちろん僕は、このI先生の決断に対して「では、それでいきましょう」というしかない。
■いや、~しかない、というよりむしろ、僕の気持ちとしても、ぜひそうしたい!と大いに賛同。そうこなくっちゃ。
■そう、これは、誰のための、何のためのワークショップか。このワークショップが「学習(学び)」であるとするならば、誰にとっての学びであり、何のための学びか。
■あの個性的な生徒たちがどんな話し合いをし、どんなテーマを導き出してくるか、たのしみだ。