包み込む

■じつはいま、町民有志と「まちづくり」NPOを立ち上げて、いろいろな試みをこの町で展開しようと目論んでいる。その試みの最大のものが「コミュニティ・レストラン」を町内に創ろう!という計画。
■「コミュニティ・レストラン」(=コミレス)とは何か?という問いには、以下のサイトが詳しいので是非ご参照を。
NPO研修・情報センターホームページ

http://www.comiresu.org/comiresu.htm


■昨日、僕らが立ち上げたNPO法人めむの杜の公式ブログに、そのコミレスに関してのブログを書いたので、それをここにも転記したい。
NPO法人めむの杜公式ブログはこちら

http://blog.memunomori.net/


以下転載-------------------------------
コミレス記事/”包み込む”こと
芽室町があるここ北海道では『北海道新聞』が圧倒的なシェア率で講読されています。我が家もやはり『道新』購読者なのですが、昨年12月から今日までの間に少なくとも3回は「コミュニティ・レストラン」について触れた記事を読みました(うち一回は社説でした)。
特に一昨日(1月5日付)朝刊生活面に掲載された連載「子どものいる風景」では、ある女性とその子どもが抱える食にまつわる課題がコミレスを利用する事で解消されてゆく様子が生き生きと描かれていました。その記事につけられた見出しは「心を通わす食事こそ」。コミレスの存在価値の核心に触れた、とても良い記事だと思いました。
折りしも、こんなふうに「コミレス」の文字が頻出(?)したこの年末の新聞紙面には同時に、”不況”、”雇用不安”そして”派遣切り”の文字が躍りました。またTVでは連日「年越し派遣村」での炊き出しの様子が映し出されていましたね。
コミレスと炊き出し。この”食べること”にまつわる2つの風景をメディアの向こうに眺めながら、僕は「食うことってなんだろな?生きることって、なんだろな?」と考えてしまいました。おそらく、この2つの風景が同時に年末から年始にかけてメディアをにぎわせたのも、決して偶然ではないのでしょうね。
ところで、「派遣村」で炊き出しを行っていた民間ボランティアのリーダーがTVカメラの向こうで語っていた言葉がとても印象に残しました。
「こういう(雇用や生存に関わる不安定な)状況を包み込む役目は、本来なら、我々のような民間ではなく、行政の仕事であるような気がするのですけれど…」。
この方が言及した「民間」や「行政」の在り方については、もちろん感じるところ、考えるところはたっぷりあります。でも僕はむしろ、この方がその前段で口にした”包み込む”という表現の方に、大いに胸をゆすぶられる思いがしました。
しみじみ、素敵な表現だと思います、この”包み込む”ということば。
状況やニーズを規定の型に”当てはめる”のでもなく、それなりの方策を”適用”して”対処する”のでもなく、”包み込む”ということ。一見頼りなげなこの言葉の、何ともいえぬ柔らかさの中にこそ、じつは、これから訪れるであろう新しい時代の新しい価値観が潜んでいるような気がしています。寒寒とした「派遣村」の映像風景の中に、一縷のともし火を見た思いです。
”包み込む”コミレスを作りたい!そう思わされました。
小寺卓矢
以上転載-------------------------------
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