南相馬3

さて、僕が配属になったチームには、全国あちこちから集まった20代らしき若者から60代の中高年まで、8名(2日目は10名)のボラが参加した。
前述したように、被災者のお宅に積もった泥まじりの麦わらや木材、漂流物の残滓を、ひたすらフォークやスコップでかき出し、かき集め、撤去する。肉体労働だ。
仕事はキツいけれど、しかし、ボラ現場には不思議な活気が溢れている。
それはそうだ。みなモノゴトを良くしたくて集まっている。惨状の前で立ち止まらず、微力でも、なんとか前に進もうとの気持ちで参加したのだ。当たり前のことだけれど、仕事のキツさに不平を言う人間など一人もいない。それどころか、みな黙々としながらも、その顔には充実感すら漂う。
我々のチームでは、鹿児島から駆けつけた50代男性がリーダーを買って出てくれた。家主さんの意向とセンターの意向とを結ぶ役割を果たしつつ、各ボラの体調への配慮も忘れない。しかも、自分自身が誰よりもバリバリと的確な作業を行う。
「仕事先に”被災地に行く”といったら、すぐ休みをくれた。普段いかに会社からあてにされてないのが分かるね!」と、ワハハと笑う。しかし、この事態に鹿児島から自家用車を飛ばして東北まで駆けつけた彼の身のこなしや、現場での動き方、リーダーとしての言動を見ていると、こういう人材が本当に人の世には貴重だし必要なのだよなぁ…としみじみ感じる。ひととき時間を共有できることが嬉しくなる。
作業中は、リーダーの判断で適度に休憩をとる。
家主さんが冷たい麦茶やあまいお菓子を用意してくれていた。家が水浸し・泥まみれになった方から、こうして気遣いやご配慮をいただくことがなんだかとても申し訳なく、でもまた、とても嬉しい(なお、後述するお昼ご飯時の家主さんの配慮についても同様なのだが、配属された全ての依頼先で家主さんがボラに対してこうした配慮をして下さるとは限らないだろうことを念のため書き添えておく)。
休憩の間は、汗をぬぐいながら、しばし家主さんやボラ仲間との雑談を楽しむ。
各ボラの地元ならでは”ご当地ネタ”に「へぇー!」と声が上がる。全国から集まった人間たちならではの会話が楽しい。
年齢も仕事も違い、初めて出会う者同士が、互いをいたわりながら身体と心をともに動かす。なんと人間らしい現場なのかと思う。
しかし一方で、家主さんから聞かされる津波当時の話には、やはり胸が詰まる。自分が今いるこの土地が背負わされている現実の重さに、思いが一気に立ち返る。
ここは、1000年に1度と言われる自然災害、そして原発事故という人類史上まれにみる災害の様々な影響下におかれた、紛れもない「歴史的被災地」なのだ、と。
(つづく)