原子力発電について

■先ほど「震災市民支援ネットワーク」の活動立ち上げのお知らせをこの不定期日記で行いましたが、もうひとつ、この震災に絡んで言及したいことがあります。
■原発のことです。
■”万が一の事態”への想像力を働かせること無しに、「原発」が孕む危うさをこれまで看過してきてしまった自分の在り方をいまさらながらに反省しつつ、現状の福島のような深刻な状態がこの北海道(泊村の泊原発、または、函館に対する大間原発)で起きてもおかしくないのだ…と考えた時、さて、北海道で生きるものとしてこれから何を考え、何を為すべきか、考えています。
■「原発が危ないのは痛いほどに分かった。でも、実際問題、原発が無ければ今の日本の電気はまかなえないでしょ?原発を止めるなんてことは、結局無理なんだよ」という論法の”原発擁護論”を様々な場面でよく見聞きします。
■でも、原発以外の方法でエネルギー需要を満たしていくことは本当にできないのでしょうか?全く「無理」なことなのでしょうか?
■原発無しで生み出しうる電力の総量はどれくらいあるのか、そしてより根本的なところでは、我々がこの列島上で、より深い意味で”豊か”に生きていくのにひつような電力の総量はどれくらいのものなのかーー。
■それらを”本気”で検証することなくして安易に「原発の要不要」を論じても、僕は不毛だと思います(意味が無い、とは思いませんが)。
■そもそも、いま僕らが直面し、より当惑を深めているのは、電力問題としての「原発」との向き合い方ではなく、ひと(わたし・あなた・あのひと・このひと)のいのちに関する問題としての「原発」との向き合い方です。
■ひとびとにとって、今まで通りの原発とのつきあい方を続けることが、本当に幸せで豊かなことなのか、それを「いのち」という立脚点から、視座をぶらさずに考えたいものだと思っています。
■僕の立ち位置としては、僕は、今後はぜひとも原子力発電から”卒業”した生活の在り様を模索し実現する社会であって欲しいと思っています。