原稿/百日写真/長女の折り紙

ある雑誌に寄稿する原稿のゲラが戻って来た。初校を書き上げたときに自分でも分っていたことだが、指定されていたよりも字数が多すぎた。大分削らねばならないのだが、かといって、相当根を詰めて書き上げた文章だからおいそれとどこでも削れるわけでもなく、ああでもない、こうでもないとやっていたら、こんな時間になってしまった。うーん、眠い。
今日(正確には昨日)、次女の生後百日の写真を撮りに行った。以前から世話になっている帯広の写真館だ。ただ、世話になっているといっても、じつはこのスタジオで家族写真を撮ったことはいままで一度もない。僕が仕事として、ここの撮影業務や写真加工などを手伝っていたという縁だ。
百日の写真くらい、カメラマンなんだから自分で撮ればいいのだけれど(実際、長女の時には自宅で僕が撮った)、今回はちゃんとスタジオで撮影することにした。やはりスタジオのライティングというのはきっちりと美しく写るし、また、最近仕事に追われている身としては、その道のプロにすっかり全部お任せして、少し楽をしたい気になっていた。
しかし、行ってみれば、店主の「なにいってるの。小寺さん、自分で撮ればいいっしょ!」のひとことで、やはり僕が撮影することになってしまった。で、結局プリントまで僕がすることに。うう…。でも、かわいい娘のためだ。やりましょう。
そのあと、同じ町内に住む義父母のうちへ。名古屋からカミさん側の甥っ子が2人、遊びに来ているのだ。春休みの数日間、こちらで過ごすのだと。
うちの長女は彼らのことが大好きだ。朝から「今日はSちゃん、Rちゃんに会う!」と二人の名前を何度も連呼していた。で実際にあったら、もう興奮の絶頂。長女はおにいちゃんたちを捕まえて、狂ったように叫びながら祖父母のうちを駆けずり回っていた。6年生と4年生の甥っ子達はとても優しい子らで、長女に付き合ってわいわいと遊んでくれるのでありがたい。
と、ひとしきり騒いだ後、長女が「おりがみ、する!」と言い出した。最近長女は「やっこさん」や「かぶと」を折るのが大得意で、うちでも時々、大好きなピンクの折り紙でやっこさんを作っては僕に見せ、「これみてー!じょうずでしょー?」と得意げな顔をしている。自分の腕前をいとこたちにも見せたいのだ。
ただ、今日は、単に自分で作るだけではなかった。なんと、彼女、4年生のいとこを捕まえて「やっこさん」の折り方を教え始めた。それが結構、分りやすい指導なのだ。
そうか、もうこの子は人に物を教えられるようになったのか。僕は感慨深かった。
僕は普段、あまり良くないと分ってはいながらもついつい「あれしなさい、これしなさいと」こちらからの指示ばかりを長女に向けて発していた。彼女を信頼していないわけではないし、彼女の自発性を尊重したいとは常々思ってはいるけれど、それでもやはり彼女との間で知らぬ間に「教え諭す側」と「諭される側」という図式ができあがってしまっていた。
だからなおのこと、年上をつかまえて、舌足らずながらもそこそこ理論的におりがみの作法を教授する娘の姿が大変新鮮に感じられた。
ある技術を順序だてて教えるというのは、案外高度なことだ。多分娘は、こうした「教える・教えられる」を保育所の遊びの中で友達相手になんども繰り返し、その中で、自分が身につけたことを他者に分りやすく伝える方法を身につけてきたのだろう。
娘の中に芽生えた成長の兆しにいまのいままで気付けず、もっぱら「指導者然」としていた鈍感ダメ親の自分を申し訳なく思いながら、でもやはり、娘の確かな成長を目の当たりにして、僕は嬉しかった。
「ここをこうおってー、こうするの。ちがうのー!そこはこうでしょ!」
さっさと自分のやっこさんを折り上げてしまった娘は、なんだか誇らしげな顔であれこれと従兄弟に向かって指図をしている。甥っ子は苦笑いをしながらも、楽しそうに長女の指導に従っていた。優しい子だ。
よし、あすはオトーチャンが「かぶと」の作り方を習うことにしようかな。娘よ、どうぞ、よろしくたのみます。