実行委員会、解散。

■今日は、6月に企画・主催した「青田正徳氏絵本講演会」の反省会。互いに意見や感想を出し合い、決算をし、はれて講演会実行委員会は今日をもって解散。一区切りだ。
■それにしても、いやぁ、楽しかった!
■少人数の有志スタッフで、大掛かりな仕掛けはなし。平日午前中の講演時間で、なおかつ基本的に町民だけに募集をかけるというキワドイ方針をたて、とことん手弁当・人力戦略で活動をしたにも関わらず(町の予算はつけてもらったけど…)、予定していた定員を超える参加者を集めた。
■そしてなによりも、講演を終えてみれば「もっと話が聴きたかった。ぜひ第2弾を!」と何人もの参加者に言ってもらえるような会を催すことができた。
■企画の立ち上げや実行委員会での意思決定が、いささか僕のワンマンで進められがちになってしまったという反省点は個人的にはある。もっともっと「これは、みなで作ったのだ」というものにすべきだったかもしれない。
■それにしても、地元の同世代の若いお母さんたちとの共同作業で、我が町で「何か」形のあることをできたということは、個人的に、本当に嬉しい経験だった。特に、彼女達が見せてくれた参加者募集に関しての底知れぬ力には、感動すら覚えた。
■しかもそれが、「はい、イベント一つやりました。満足でした。以上、終わり。」というものにはなりそうにない、つまり、今後この町の子育ち環境を考えてゆく上で何かしらの動きを継続できそうな内容になったということがとても嬉しい。
■自分自身の「写真撮影と表現」という営みについてもいえることだけれど、一発花火を打ち上げて終わり、ではなく、むしろ、小さなものをコツコツと積み上げてゆくことの大切さを感じている。
■それは、何をするにしても共通する事だろう。大袈裟に言えば「生きること」の醍醐味とは、その過程を時折振り返るときにじわりじわりと味わえるものなのかもしれない。
■さてこのあと、今回の流れの中で、今度はどんな仲間が加わって、何ができるかな?それを考えるだけでも楽しくなってしまう。
■奇しくも昨日誕生日をともに祝った新得町のUさん、Y子さんは、先ごろ地元新得で「顔出し看板クラブ」という不可思議な会を結成し、皆でわいわいと楽しみながら町を盛り上げようとしているところ。同じ国道38号でつながった町同士、今後何か一緒に出来るかな…。うう、楽しみ!
■自分で言うのは口はぼったいけれど、こういう生き方ができること、そういう環境に自分がいまいるということが、ほんとうに幸せだなぁと思う。
■世には、幸せを感じたくても感じられない環境、幸せを口にすらできない環境にいる人々が(差別や偏見のなかでそれを強いられている人々が)たくさんいる。それに悲しさを感じ、何とかならんものかなぁと頭を悩ませつつも、一方で、身勝手な僕はつくづく、いまの自分を支えてくれている家族、出会ってきた人々、この身に起こったかけがえの無い出来事たちに、感謝の念を覚える。「ありがたい」とはこのことなのだろうな、と思う。身勝手で優等生的発言だけれど、でもこれは本心だ。
■願わくは、この町や世界のあちこちに暮らす子どもたちが、今回こうして36歳のオジサンが味わったようなえもいわれぬ感慨を、それこそ日常的に味わえるような世界になるといいな。これ、とんでもない理想論、夢想かも。でも、理想や夢想が無いところには、きっと何も起きない。
■これからもコツコツと、気張らずに、手で触れられる嬉しいものを、ともに暮らす人たちと積み上げていこうと思う。
■ところで戦争とは、その積み上げられてきたものを、部外者が部外者の都合で一気に叩き潰すという、じつに残酷な行為。「しょうがない」などと、いかなる免罪もあり得ない。そのことを、もう一度真剣に確かめた方がいい、このクニと、そこに生きる僕らは。
■いま長崎や広島から上げられている怒りに満ちた叫び声は、決してメディアをにぎわす為の「狂騒曲」などではない。ましてや、いまを生きるだれにとっても、他人事などでは、ない。