映画『Atomic Mom(アトミック・マム)』を観る

昨日15日、帯広のとかちプラザで上映されたドキュメンタリー映画「アトミック・マム」を観てきました。

映画「アトミック・マム」公式サイト

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映画の概要: “1950年代原爆開発の仕事に青春を賭けた一人の女性科学者。 何十年も後、良心の呵責に苛まれた母の告白を記録する映画監督である娘。自分が知らずのうちに犯した罪の許しを請う母に救いの手を差し伸べる広島被爆者。『アトミックマム』は原爆に人生を左右された人間の現在を描くドキュメンタリー映画である。”(公式サイトより)



正確に言えば、観客として観たのではなく、上映係として機器操作をしながら観ました。

詳しい内容は、公式サイトをご覧頂くか、なにより映画そのものを観て頂きたいのですが、色々なことを考えさせられる映画でした。

(このあと、函館、大沼、札幌で上映があります。監督のM.T.Silviaさんも帯同されます。詳細は以下のFacebookページでご確認下さい)
https://www.facebook.com/amscreeninghokkaido


淡々とした描写ながらも、人間への慈しみ、社会への疑問と問いかけ、人と社会の平安への願い・祈り、過去の検証と現在の見つめ直し、異文化理解など、観る人の心を様々な間口で捉える要素を持った映画でした。

様々な切り口に僕は感応しましたが、この映画から得た一番大きなキーワードは、そのタイトルにもなっている「Mom(母)」でした。

この映画には主要人物として米日の二人「Mom(母)」が登場します。映画は、それぞれの「Mom」が歩んできた人生を重ね合わせながら、彼女らが生きてきた時代の在り様とその意味や影響、特に「核(技術)」が人間存在や人間社会に及ぼしてきた外的/内的影響を問うていきます。

これは普段から僕がよく考えていることでもあるのですが、僕はこの映画を観ながら、終始「やっぱりこれからは“母(なるもの)”の時代にしなければ…」と考えていました。

僕らが生きているのは、どのような時代、どのような社会でしょう。

特に「核」ということについては、ヒロシマ/ナガサキのリアリティをもつことが難しい僕ら世代も、いまや“Fukushima”などという世界語をとおし、明確な責任をもつ当事者として「核」および「核のある世界」と向き合わなければならなくなりました。

たとえそれが“平和利用”とカテゴライズをされようが、“軍事利用”と開き直って語られようが、「核利用」とは、人間が持て余してしかるべき“絶対的なPower”により社会コントロールを目指さんとする、いわば「力頼みのマッチョ」な志向に基づいているように思えてなりません。

そのマッチョな価値観は、過去も、そして今もなお、世界を、人びとをヒタヒタと浸しています。それは、この映画に教えを乞うまでもなく、哀しいほどに明らかな現実です。

核利用に象徴されるような「物理的・数量的な力の作用」や「科学(=合理)万能主義的発展(開発)」を頼みとした(誤解を恐れずにいうならば)「男性的(父性的)」な社会統合原理のもとで、非マッチョな、力をもち得ない(力を奪われるか、非力な立場におかれてきた)人間存在は、何を背負わされ、何を奪われてきたでしょう。

この映画は、僕に、それを静かに教えてくれます。

(映画に挿入されたいくつもの核爆発実験の記録映像は、マーシャル諸島の海やネバダの大地を蹂躙するがごとくにムクムクと屹立する“キノコ雲”を映し出します。それは、僕にとっては、滑稽かつ悲劇的にシンボリックでした)

爆発的に外へ向けて発散される力と、統合と分割の理(ことわり)およびその制御技術を行使して、何かを分断・崩壊させ、力でそれを再構築し、また崩壊させ、そこからまた更なる行使の為の力を引きずり出さんとするがごとき「力の練金術」。

でも、いま僕が尊いと思うのは、そうした「錬金術」に頼む社会の在り様ではなく、それとは対極にある、内に育み、内に醸し、自ずと繋がるもの同士の連携や和合により自ずから価値を生じさせるような、(これも誤解を恐れずにいうならば)「(力によらず)産むすべ」に価値をおく社会です。

セクシャリティ(身体的性別)を問わず、またジェンダー(社会的性別)を問わず、また生物的/生殖的な意味のみに限定されること無く、“産み育てること”。そして、力のみに頼まず、抱きとめるべきものを抱きとめ、繋がるべくあるものを丁寧に繋ぎ合わせてゆくこと。和合、和解。大事だなと思うのです。

そんなことを「Mom」というキーワードに象徴させて心に留めたいな、と。それが僕のこの映画の感想でした。

あと、もうひとつ。僕はやっぱり「マ行」が好きです。Mom然り、Mori(もり、森)然り。尊いものは、マ行かも。


追記:
帯広上映会主催者の女性塾「ぱす」の皆さん、そして監督のM.T.Silviaさんとご一緒した懇親会、楽しかった!Silviaさんの穏やかで優しい感性が、この映画の背骨なんだな、と実感。細やかな気遣いをされる、素敵な女性でした。あと、新得からシンガーソングファーマーの宇井ひろしさん・茂子さん夫妻も参加。食べて・歌って。良かった!