次女の指しゃぶりに思う

札幌から帰宅した。5日ぶりの我が家だ。
札幌から山中の峠道を越えて自宅へ至る約4時間のドライブは、度々この日記にも書くのだが、僕にとっては掛け替えのない内省の時間となっている。
札幌という都市での仕事を終え、四季折々の山の中の風景を見ながら、曲がりくねった山道を越えて、田舎の我が家へと帰る。
そこにおいてもたらされるたっぷりとした思索の為の時間という物理的事実もさることながら、この「いつもの通い道」が持つ象徴的な意味合いもまた、僕にとっては重要だ。
今回も、東京での仕事の事など、ここ数日間のことなどをあれこれ反芻しながら、峠道を、右に曲がり、左に曲がり、上り、下りしながら、平らかな十勝の我が家に帰って来た。
19:00過ぎに家に着き、あれこれ片付けをしてから、家族とともに少し遅めの夕食を取る。長女は食事が大変ゆっくりなので、皆が食べ終わった頃にはすでに21時近くになってしまった。もう寝る時間だ。
おや、生後3ヶ月の次女がグズりだした。オムツはかえたばかりだ。おっぱいだって、ついさっき飲んだばかりなのにな…。腕に抱きかかえて、しばらく様子を見る。次女は顔を真っ赤にしてびーびーと泣いている。うむ、これはたぶん、眠いのだ。
僕は、あえて彼女をあやさずに、腕に抱えたまま、泣くがままに任せてみた。すると彼女は、しばらく泣きながら手足をジタバタと動かしたあと、おもむろに自分の右手の親指をあむっと口にくわえ込み、ちゅっちゅと音をたてて吸い始めた。そう、彼女は最近、指しゃぶりを覚えたのだ。
とたんに、さっきまでの怒りと嘆きに任せた険しい形相が嘘のように消えてゆく。彼女の顔はすっかり平静を取り戻し、無心でくちゅくちゅと己の指を吸いながら、静かな瞳でじっと天井を見上げている。
それを見て、僕はつくづく感慨にふける。すごいものだな。
だって、彼女はついこの間まで、自分の欲求や不満、不都合の一切を、他者の助けを借りなければ何一つ解消する事が出来なかったのだ。
しかし、3ヶ月と少しの時間を生きた末に、この赤子は、自分のうちに沸きあがる生理的・本能的な感情や衝動を、自らの指一本で見事なまでに納めることができるようになったのだ。誰にその方法を教えられるでもなく、誰にそうすることを強いられるでもなく。
指しゃぶり。遅かれ早かれ、ほとんどの赤ちゃんが身につける、いわば当たり前の行動。とりたてて騒ぐようなことではないのかもしれない。でも、だからといってそれを侮ってはいけないだろう。自分の親指を母の乳首に見立てたこの代償行為のうちには、ヒトがヒトとしてあるために欠くべからざる重要な成長の証が秘められているように僕には思えてならない。
赤子は、親指からは決して乳が出ないと知りながら、その親指を吸う。それが母の乳首ではないのだと承知の上で、親指を吸う。そうすることで、自分のうちにどうしようもなく湧き上がってしまう衝動を自分の責任において受け止め、不本意ながらも納得し、それによって心と身体の平静、自我と他者との間の均衡を獲得する。
満たされぬ欲求とどう折り合いをつけながら自分自身を生きるのか、その方法を見つけ出すこと。しかも、自分の責任において。僕は、ヒトの自立の立脚点の一つは、それを学ぶことにあるだろうと思っている。この指しゃぶりという当たり前の行動は、まさにヒトの自立への確実な一歩といえるのではないかと思う。
また、自己の内発衝動の抑制という意味では、ひいては芸術行動にさえも関わる事柄だ。じつは、僕が写真を撮る事だって、本質的には指しゃぶりとなんら変わる事がないかもしれない。
たかが指しゃぶり、されど指しゃぶり。
(あふれ出る自分の欲をコントロールできずに軋轢ばかりを生み、挙句の果てに、流さないでいいはずの涙や血を流せしめる我ら「大人」たちの体たらくを思う。また、自分の親指を捨て、他者の親指にばかりすがりつきたがる我ら「大人」たちの情けなさ。特にいま、大人社会では盛んに、その「公共の親指」に「象徴としての父性」を帯びさせて、さもしゃぶり甲斐があるかのように、それを「美しい」などと言って虚飾を施したりたりする。そんなものにごまかされず、みな、まずは自分の親首を痛くなるくらいグッグッと吸ってみるべきだと思うのだが…。)
とまれ、いま僕は、我が子が確実に成長してゆくのを目の当たりにしている。ひと月前には、周囲の語りかけに微笑をかえすことで他者と交流をする術を見につけ、そして今度は、親指一本で自分を納得させる術まで身につけた。
彼女はいま、ヒトがヒトとして持つべき資質を一つずつ確実に、自分の身体と心を駆使しながら身につけている。なんと頼もしい事だろう。そして、ヒトが育つとは、なんと不思議なことなのだろう。僕は感動を覚えてしまう。
と、そんなややこしいことを考えている父の腕の中で、次女は、理屈を超えた安らかな表情を湛えながら、静かに目を閉じ、しまいにはすやすやと寝息を立て始めた。ちゅっちゅと音をもらしていた口元から親指がゆっくりと離れて、次女の短くやわらかな腕が、僕の胸のあたりにたらんと垂れた。
長女が近寄ってきて次女の寝顔をそっと覗き込む。しー、静かに。さぁさ、寝巻きに着替えて、おやすみの時間だね。あすもきっと嬉しくて楽しい朝がやって来るよ。