父来る。

父が、生まれたばかりの次女を見に札幌からやってきた。本当は7日に来る予定だったのだが、その前日の大雪でJRが運休になってしまったために、今日に延期されたのだ。
父は、まだ3000グラムそこそこの乳児を腕に抱き、その安らかな寝顔を覗き込んで満足そうに微笑んでいた。この子が、父にとっては3人目の孫になる。
この僕が父に孫の顔を見せてあげられるようになろうとは。なんだか不思議な気分だ。しかも2人も。
というのも、僕は写真家になることを考え始めたとき、結婚して子供を持つ(別に結婚しなくてもいいのだが…)ということは多分できないのだろうなと漠然と思っていた。そのころの僕が思い描いていた「小寺卓矢が営むフリー写真家という生業」にとっては、それらはまさに「人生最大の贅沢」であろうと思われたからだ。
しかし、いざ蓋を開けてみれば、僕のようないい加減なヤクザものと生活をともにしてくれる女性が現れ、そして、その掛け替えの無い人との間に子どもをもうけるということまでが現実のこととなってしまった。
僕にとってこれは現に大変「贅沢」なことであり、本当にありがたいことだ。まさに字面どおりに「有り難い」こと。
だから、いまこうして父に2人も孫の姿をみせることができているということは、不思議なことでもあり、また、とても有り難い。
ただ、今回の訪問は単に孫の顔を見るためのものではなかった。今年36歳になるこの不肖の息子に向けてその歳相応の諸々の話をすることもその目的に含まれていた。
もちろんその内容はここに詳しく書くような事ではない。だが、産毛を残した新生児の寝顔と、僕ら夫婦に言葉をかける齢を重ねた父の顔を交互に見比べているうちに、なにかとても神妙な気持ちになってしまった。
この僕自身もいつしか、孫の寝顔を見ながら、自分の子ども達に向かってこうした話をする日が来るのだろうか――とても神妙な気持ちになってしまった。