立つか、立たぬか

■立つか立たぬか、歌うか歌わぬか。子供自身が決めたらよかろうて。
■それを決めるための判断材料を、我々大人が子供に対し、十分に、丁寧に、偏りなく、粘り強く、提示することさえできれば、6歳の子供だって、ちゃんと自分の頭で考えて決断を下すだろうて。
■そして、その決断に、信頼をおいたらよかろうて。
■その「素材提供」をサボっておいて、「子供を信頼すること」を怠けておいて、大人は、子供が立つか立たないかについてぎゃあぎゃあ文句をつけるんじゃない。
■そもそも学校は、人間が自分の判断で自分の人生の動向を決定する力を培うためにこそある機関ではないのか。決断する訓練の一環、また決断のよすがとなる「素材提供」こそが、国語算数理科社会…なのではないのか。
■「決められた事には何が何でも従わなければダメ」、つまり「自分の頭で考えてはダメ!」「あなた個人の意志は全体の意志に劣る!」なんていう理屈。これほど学校という場に不似合いな理屈は他にあるだろうか。
■コトを決めるプロセスから当事者である子供を巧みに外しておいて、手前勝手で思考停止した大人たちが、一体何を言うか。