絵本講演会実行委員会

6月に我が町芽室で行う絵本読み聞かせ講演会の実行委員会を午前中おこなった。今日始めて会合に参加するスタッフもあり、いつにも増して賑やかだ。この企画のいいだしっぺとしては、なんとも嬉しい限り。
今日はチラシとポスターの原案を見ながら広報についての話を詰めた。広報担当による手書きのチラシ&ポスターが披露された。「絵本、それは未来への架け橋」という講演タイトルの下に、絵本を開いて微笑んでいる親子のイラストが。なんともかわいらしい。うーん、いいじゃないか!
こうした、人の手の仕事による具体物が目の前に現れると、これまでは机上の議論だけだったこの講演会の計画に、とたんに温かいいのちが吹き込まれたように感じられる。俄然気持ちが盛り上がる。
なにより、それぞれが得意なことを持ち寄って、何かを作ろう・動かそうと、自らの意思で歩み寄る。そして、それが徐々に形になってゆく。こういうのが、なんともいえず、いい。
多分、こういう「自分たちの思いを自分たちの手で、手探りでもよいから形にしてゆく」ということを、大人自身がもっともっと、真面目に、かつ面白がりながら、コツコツと時間をかけて繰り返してゆくことが必要なのだろうなと感じている。そうした中でしか、「骨抜きなのに硬直化してゆく」という摩訶不思議な社会の現状(特に子どもたちにとって)は変わってゆかないようにおもう。
じつはそもそも、そういう思いが最近特に抑え難くなったからこそ、今回の講演会を無性にやりたくなってしまったのだった。
上から何か与えられるのを期待して口をポカーンとあけて突っ立っていたら、そこにアッつい焼け火箸を突っ込まれた――そんなことにならないように、ちゃんと前を向いて、口をキュット結び、自分の目線の高さがいまどこにあるのかを意識しながら、自分(自分たち)の足でしっかりと大地を踏みしめていないといけないな、と思っている。自分の「地元」で、そういう在り様で立っていたいと思っている。
幸い、僕らがいま先住者達から間借りしているこの北海道の大地は、ぐいと踏みしめるに足りるだけの土っ気がちゃんと残っているように思うし――。
まぁ、実際にやること自体は、たかだか単発の絵本講演会だ。参加者数も数十人程度という小さな規模で、超有名人を講師に招くわけでもない。これをやったからとて、直ちにこの町に大きな変化が起ころうはずもない。そんな内容の企て一つで、何を大袈裟なことをいっているのか…と自分でも思う。
でも、個人的に期するところは大きい。特に、先の選挙の結果を見るにつけ、ある種、焦りの感情さえ感じ始めているこの頃は、その思いがさらに強まっている。
まぁ、そうはいいながら、やっぱり、わくわくと楽しいのには違いない。次の実行委員会が待ち遠しいのでありました。