読了2冊

■冬の撮影は、日が短いだけに早く切りあがる。で、それから後、寝るまでの時間が長い。
■だから、冬に撮影に出かけると、夜にたっぷり本が読める。(家に居るときには、かわいいチビ小猿2匹が”トーチャン、トーチャン!”とまとわりついてくるので、本などゆっくり読めない…)。
■一昨日までの数日間の撮影行では、すでに半分くらいまで読み進めていた山尾三省著『ここで暮らす楽しみ』を一気に読了。その勢いで、福岡伸一著『生物と無生物のあいだ』を、これまた一気に読了した。
■方や詩人が島での暮らしを綴ったエッセイ集、方や分子生物学の第一人者である大学教授がその専門分野に関わる事柄を綴った科学ノンフィクション。
■しかし、切り口こそ大きく違えども、どちらも主題は「(生命体として)生きる」ということの仕組みや意義・意味に関する根源的な問いかけと、それぞれの立場からのその問いに対する思索の表明であったように思う。
■”積ん読本”の中から偶然この2冊を選んでもっていったのだけれど、面白い符合だ。
■でも、ま、これらの本を手元に置いたという時点ですでに”僕の関心事”というフィルターが掛かっているわけだから、主題が似ていても当然といえば当然か…
■それにしても、どちらの著書においても、「生きる」ことを考えるときに鍵となる概念として、いってみれば「空(くう)としての存在」というものに言及していることが、とても興味深く、こころに響いた。
■特に『生物と…』のなかで知らされたこととして、時代の最先端を行く生物科学が20~21世紀に到達した生命の定義の要点が、要するに「固定化された不変の実体としてではなく、むしろ絶えざる”流れ”としてある在り様(そのようにあり続けようとするシステム)」というものであったという事実には、うーむと唸ってしまった。
■僕は読了後直ちに、以前(10月22日付)この日記のなかでも引用した『方丈記』の冒頭「ゆく河の流れは絶えずして…」の一節を思い出さずにいられなかった。
■13世紀初頭に書かれたとされる随筆文学と、21世紀の分子生物学と…。ふーむ。
■ではでは。
■かくも拙いこの僕は、おこがましくもこの時代の片隅において、写真という媒体で、何を現し(著し/表し)、何を言う――?
■ともあれ、どちらも面白い本だった。そして、それにも増して、面白い読書体験となった。
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で、この日記を書き終えたたった今、自宅で新たに読み始めたJ.ブロス著『植物の魔術』(八坂書房)の冒頭辞の1行目に目を通して、また、ウーム。
そこには著者の挨拶として「私は自然研究家であり、また禅僧でもあるので、…」云々。
僕もいっそのこと、本を読むより禅の修業でもはじめたほうが、ことが早いかしらん…?笑