買物で思う

今日は帯広へ買物に。写真展会場でメッセージ帳につかう小型のスケッチブックを探しに、街の中心部の画材店へ行く。
帯広の街には、問屋的な店は別にして、画材の専門店が2店ある。どちらも市民には親しみのある昔ながらの店なのだが、僕はこのところ、もっぱらA店の方を贔屓にしている。店構えや品揃えに関してはもう一方のB店のほうがいいのだが、店員さんの対応であきらかにA店のほうが優れているからだ。
とにかく、お店の人の対応が的確かつ穏やかで、気持ち良く買物ができる店なのだ。たとえ探していたものが無かったとしても。今年作成した「森のいのち」写真展の額装マットや展示用のアルミイーゼルなどは、数量が多かった事もあり結局全部取り寄せになったのだが、それでもA店のお世話になった。どうせ似たような金額で同じ物を買うのなら、やはり気持ちのいい店で買物をしたい。
ただ、今回のように「あさってから必要になります」というようなものをいきなり探しに行くような時には、困る。果たして今回も、僕が求めていたものはA店には無かった。しかたなく「今回は急ぎだから、また今度ね」といってB店へ向った。
B店にも100%望みを満たすものは無かった。けれど、類似の製品があったのでそれを買うことにした。
で、レジカウンター前に立つ。すぐ目の前には店員が3人(この店は、従業員の数は多い)。しかし、わずか1.5m足らず(決して誇張ではなく)の距離にいる客が商品を手にしてカウンター前に立っているというのに、その3人のうち誰一人として対応をしようとしない。伝票の整理なのか事務連絡なのか、3人で何か会話しながら、時に談笑しながら、みな机に向かっている。おやおや忙しいのだなぁ。
いつ気が付くだろうか。僕は意地悪く、黙ったままでそこに立っていることにした。いちおう咳払い程度はしてみたが。
しかし、客商売でありながらレジ前に人が立っていることにこれほどまでに無頓着でいられるものだろうか、と心配になるくらい、気付かない。ひょっとして、わざとかな?いや、でも、もし本当にこの距離に立つ人間の気配に気付くことができていないとしたら、それはすでに動物としての基本能力に欠けているといわざるを得ない。この3人、社会生活は普通に送れているのだろうか…。交通事故とか、遭わないのか?
…などと下らないことをしばらく考えていたら、不意にその3人のうちの1人の息子さんが店に入ってきた。で、「ねえ、かあさん…」と話しかけた。二言三言、親子の会話が交わされる。そしてそののち、カウンターの方を向き直ったそのかあさんが、ようやく僕を見て「いらっしゃいませ」と対応をしてくれた。ああよかった。
僕は、100%望みどおりではないスケッチブックを手に店を後にしながら「今度から画材関係の買物は、取り寄せになっても良いくらいの時間的余裕をもって計画を立てることにしよう」と心に誓ったのでした。同じ待つなら、A店からの気持ちが和む電話連絡を、心静かに待ちたいと思う。