質問

今日は網走市立網走小学校でスライド上映講演をしました。
対象は5-6年生、80数名。

いつものように、まずは僕から子どもたちへ問いかけをします。

(僕は、最近の講演会ではまず初めにその時間の目的を
子どもたち自身に考えてもらうようにしています。ほんのひとときとはいえ、
一緒に過ごす時間を彼らにとって有意義な時間にしたいからです)

そしてそれについて子どもたち同士で短い話し合いの時間を持ってもらった後、
続けて森の写真のスライド上映や著作写真絵本の読み語り、
また子どもたちと一緒に作る即席写真絵本作りを行いました。

講演や写真絵本づくりそのものも子供たちのおかげでとても楽しいものになったのですが、
今日はもう一つ、講演後に素敵なことがありました。

ちょっと長くなりますが、ご紹介します。

講演が終わり、子どもたちが会場から出て行った後、
教頭先生と僕とで機材の片付けをしていると、
しばらくした後、1人の男子児童が先生に付き添われて会場に戻ってきました。

付き添ってきた先生が「あの、この子が1つ小寺さんに聞きたいことがあるそうで…」と。

僕が「なになに?なんでも聞いて!」とその児童に言うと、
彼は、ちょっとためらいながらも、質問の意思を明確に宿したまっすぐな声で、

「あのチョウの写真には、なんでチョウの前に細い棒を写したんですか?」

と聞いてきました。

その写真は、講演の一番初めに子どもたちに見てもらう
森の四季のスライドショーのうちの一枚で(最初の春のシークエンス)、
一羽のエゾシロチョウ(だと思う)を、マクロレンズで下から見上げるようにして撮った写真です。

20060714_0197-_dsc7052

確かに、チョウの周辺に生えた草の茎=棒が
いわゆる「前ボケ」として羽の一部にかかっています。

「あれは、わざとなのですか?」

彼が、まっすぐな声で問い直します。

僕は正直に答えます。

「半分は、偶然。このチョウを一番いい角度で撮ろうとした結果、
チョウの羽とカメラとの間にその草の茎が入ることになったのです。

半分は、わざと。こうして手前にボケたものを写すことで写真により奥行きが出るので、
写真を見る人にもそういう自然の奥行きを感じてもらいたくて、
この茎を写しこむことにしました」

彼「わかりました。ありがとうございます」。

僕「こちらこそ、ありがとう」。

きっと本当は、彼の質問にだけちゃんと答えればそれでもう十分だったかもしれません。

でも僕は「このような質問をしてくれた彼の存在」にズドンと感銘を受けてしまったので、
蛇足かもしれない…、余計ないことかもしれない…と思いながらも、
ついつい次のようなことを彼に伝えてしまいました。

「あなたの眼は、すごいよ。あなたは、凄い人。

この写真は、最初のスライドショーの中の、たかだか10秒ほどしか映らない写真。
多くの人はチョウそのものに注目する。
もしかしたら、この写真を見たこと自体をもう覚えていない人もいるかもしれない。

でもあなたは、この写真をよく見て覚えていて、この前ボケを意識し、
そこに疑問を持ち、それを僕に聞きに来てくれた。

あなたはすごい人。カメラマンになれるかもしれない。」

最後の、カメラマンになれるかもしれないは、特に余計だったかもしれません…。
つい、口がすべりました。

でも、僕は感動したんです。(今もしているんです)
だからついつい伝えてしまったのです。
それがよかったのか悪かったのか、わかりませんが。

彼は「ありがとうございました」と言って、先生と一緒に教室へ戻りました。

あとから考えれば、
もしかすると彼は昆虫好き、チョウ好き少年だったのかもしれないな、と思います。

スライドショーに大好きなチョウの写真が映った。
でも、大好きなチョウの、固有の紋が美しい羽の前に、無粋な前ボケが。
「ああ、あの棒は邪魔だなぁ」と彼は思ったのかもしれません。
「この写し方はけしからん」と感じたのかもしれません。
そうだとしたら、彼には、申し訳ない。
そう言われてみれば、前ボケがない方ががいい写真かも…。ごめん。

でも。

彼は、多くの人が見過ごしているかもしれないもの、
換言すれば、はなから疑問を持たずに受け入れているかもしれないものに目を留め、
さらに、それがなぜそこに在るのかについて疑問を抱き、
その理由を確認をせずにいられなくなった。

そして、確認をするために、一度は立ち去った会場へ自分の足で戻ってきて、
僕の前に立ち、自分の声で、僕に聞いた。

ついでにいえば、そのおかげで僕は、彼と僕だけの関係を結ぶことができた。

これが、感動せずにいられるでしょうか。
(僕だけかな、ここまで過剰に反応するのは…。
きっと僕だけですね…。いつも過剰ですいません…)

会場を出て行くかれを見送る僕に、教頭先生が、
彼は特別支援教室で学んでいる子だと教えてくれました。

僕にとっては、講演に行った先で、“特別なステキさ”をもらった気分です。
こんな出会いがあるから、“現場仕事”はやめられないし、
僕にとっては、きっとやめてはいけないのです。