選定

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■お蔭様で「森のいのち」はいろんな図書選定を受けています。とても嬉しく、そして、有り難い限りです。
■そのうち、夏休み感想文の北海道指定図書、長野県推薦図書に関しては、出版社から僕の方へ内定段階で事前に連絡があったのですが、なかにはそうでないものも。
■「厚生労働省推薦・児童福祉文化財」と「北海道青少年のための200冊」。この二つは、じつは、自分でネット検索をしていて偶然見つけました。僕の知らないあいだに決まっていたようです。今日ようやくこのサイトにも最新情報としてアップしました。
■しかし、この本が厚労省推薦の「文化財」ですって!本人としては、なんだか全然実感がなくて、どうも苦笑いをするしかありません…。嬉しいことは嬉しいのですが…。
■さて、ここで一つ注意しなければならないこと。それは、こうして図書選定で選んでいただくということと、実際にこれを読む現実の読者がこの本に何を感じ取るかは、全く別問題だということ。それを、僕はちゃんと認識していなくてはいけません。
■こんなふうに何かしらの「箔」がついてしまうと、嬉しくてついついはしゃいでしまいたくなる弱い自分がいます。でも、ここは気を引き締めて、この本の向こう側にいる現実の読者の気持ちをこそ第一に考えていなければ、と思い直します。
■100人の読者がいれば、そこに100の出会いがあって、100の評価がある。それを一つの公の評価で束ねることなど出来ないし、する意味もない。束ねてしまいたい誘惑(いや’束ねられたい’という欲求か…)にかられても、もしそれをしてしまったとしたら、そのとたんに、この本の影はすうっと薄れてゆく―いまはそんな気がしています。
■これは、なにも著作物だけ限った話ではないですね。写真全般、また生きること全般に渡っても「本当に大切にしなければならないことは何なのか」ということを、いつでも冷静に考えていたいと思います。「自分の身の丈」と「手に触れられる実感」をキーワードにしながら。
■特に、こうしてインターネットで幾万もの情報が瞬時に飛び交う世の中にあっては、自分が自分としてきちんと生きていくために、その気構えを崩さないでいることがなにより大事なのだろうなと思います。
■自分を自分でなくすることを強いるさまざまな「束ねる力」が、いま、特に強くなってきているように思います(60~70年ぶりに、と言おうか)。その力はあまりにも世に溢れすぎていて、いまや無味無臭の水や空気のよう。だからこそたちが悪いのですが…。
■己の根っこをどこに降ろし、その根っこで何を掴んでいるのか、漠然とでもちゃんと意識しておかなくては、ね。
■そういう意味では、新たに分ったこの2つの図書選定を、僕がネットで初めて知り得たということは、ある種、象徴的であり、逆説的に、僕にとってはとてもよかったことなのかもしれません。身を引き締める契機になったという意味で。ん、話が飛躍しすぎかな?
■それにしても、それらの選定の手順や目的、真の価値の如何を問わず、こうして一定の評価をしていただける著作物を一冊目の作品として出せたということに対しては、本当に、これまで支えてくださった人々への「ありがとう」の気持ちしかありません。
■僕を生み育ててくれた親はもちろん、幼少からいままで何かしらの縁を結んできたかけがえのない人たち、影響を与えてくれた写真その他の先達、力になってくれた出版関係者、この本を様々な形で広めてくれている書店関係者や読者の方々に、改めてこの場を借りてお礼を言いたいと思います。有難うございます。もちろん、いま共に暮らす家族にも、感謝。
(しかし、うーん。我ながらこの日記、やっぱりちょっと「優等生」過ぎるなぁ…。長いし…。)
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写真は、阿寒川に注ぐ支流のそのまた支流。