14歳

■昨日は夕方、都心である方がたと飲み会。森の写真撮影を熱心にされている方々。いや、もっとシンプルに、森好き、と言ったほうがいいかもしれません。
■この6月に六本木の富士フォトサロンで個展をされたOさんの作品や、これから個展開催を目指そうというTさんの作品を見せてもらいながら、つくづく、写真というものはいいものだなぁと思いました。
■Oさんにしろ、Tさんにしろ、なにより素敵だなぁと思うのは、手段である「写真」と、被写体である「森」と、そこに関わろうとする「自分自身」とのあいだで、しっかりと自分なりの関係性を築いているということです。
■「こういう風景写真を撮りたいから写真を撮る」ということを第一に考えるのではなく、「こういう風景に出会えたからシャッターを押す」という関係性をこそ大切にする。両氏とも、それをしっかり意識しながら撮影をされているように感じられ、そこに僕はとても好感を覚えました。
■じつをいえば、撮影者というものは、実際の風景写真撮影のなかにおいては、そのどちらもがない交ぜになった状態で写真を撮るものです。そもそも、どちらか一方の関係性のみが正しいなどということはなく、むしろ、それらは常に撮影者の中に混在しているものです。また多くの場合、その双方の動機がともに立ち上がり強い相乗効果を醸すからこそ、撮影者は夢中になってシャッターを切るのでしょう。
■しかし、そうした「撮影者の意図ありき」を基盤とした写真への取り組みと、「被写体ありき」のそれとをしっかっり意識的に区別しているか否かの差異は、その人が撮る写真の質に関して、実は大変大きな意味をもっているのだろうと僕は思っています。
■僕が昨日見せてもらった両氏の作品からは、両氏の「被写体こそ。被写体との出会いこそ。」という心根の部分が見えてくるようで、大変清々しく、また気持ちよく作品を拝見させていただきました。
■やはり写真からは、その人の人となりが見えるものなのですね。そういう意味で、やはり「写真っていいものだなぁ」と感じたのでした。
■ところで、昨日、今日、明日は、僕の恩師が教鞭をとる中学校での講演会。2年生全6クラスを、2クラスずつ3日に分けて。
■ちょうど総合学習の学年テーマとして「自然」を掲げているそうなので、写真スライド上映に合わせて北海道の森のお話をさせていただいています。
■今日は、昨日に引き続き2回目。教室に入ると、2クラス分の14歳の瞳が、僕をじっと見つめます。ああ…緊張します。
■なにしろ、14歳といえば、まさに思春期の入り口。「こどもこども」していた小6~中1から劇的な変化を見せる”お年頃”です。自分自身の経験からしても、14歳にとっては、いわば「大人のいうことなんか素直に聞いてやらない」そして「カッコつける」ことが何にも優先される”職業”のようなもの。
■そんな、なんとも素敵な頃合の、いわば、もっともヒトがヒトらしくうごめきもがいている時期の人たちと向き合って、遠い遠い北海道の、彼らにとっては本当に縁遠い「森のお話」なんてものを、講師然として話して聞かせるということ。そう、これは、大変に緊張します。
■でも、以前の日記にも書いたのですが、確かに緊張はするのですが、その反面、僕は彼らに対してある種の信仰的ともいえる「信頼」を抱いてもいます。
■環境さえ整っていれば、そして、こちらが本気で投げかけさえすれば、彼らは、必ず聞いてくれる。全員ではなくても、ほとんどの人は耳を傾けてくれる。そして、聴いたことを本気で受け止めてくれる。さしたる根拠はないのですが、でも、僕にはそう思えるのです。
■そして、果たして昨日と今日も、彼らは僕の話にとてもよく耳を傾けていてくれたように思います。手前味噌かもしれませんけど。
■でも、たとえ手前味噌であっても、今日のように彼らの真摯な目線をこの身に受けつつ講演を終えることができたときには、僕は本当に「よかったなぁ。写真やっててよかったなぁ」としみじみ感じ入るのです。
■さて、中日の今日は、講演後に2学年担当の先生方と交流会がありました。
■その中に、僕の恩師が二人。
■中学3年時の担任のH先生。この方がこれまでなんどもこの学校に僕を呼んでくれた講演の仕掛け人。
■そしてもう一人は、中学2年時、担任の産休の間のほんの数ヶ月だけ受け持ってくださった旧姓K先生。
■僕の中学時代を知る方が2人もいる。これはまた、違う意味で緊張です。
■僕は中学時代、精神がねじれていました。正確には、大人になった今も、その精神は何ら変わらず思いっきりネジレまくっているのですが、中学生の当時は、そのねじれの向きが、人を困らせたり、傷つけたりする方向に特化してねじれていたように思います。
■このさい思い切って告白してしまえば、当時、僕は本当にたくさんの人たちを困らせ、そして傷つけました。当時のことを思うと、冗談ではなく、穴があったら入りたい心境です。
■そんな僕のねじれた姿をよーくご存知の先生方の前で、いま、14歳たちを前にしてえらそうに講釈をたれている自分。ほんと、穴があったら入りたい…。