refuge

昨日、飛行機への搭乗を控えた帯広空港で、そして到着したあとの関東でも、それぞれ中小規模の地震を感じた。
東北の被災地でも、震度4~5の地震が頻発している。
最近の、各地で頻発する地震に、僕は正直言って、おびえている。
いまは何を差し置いても「希望」を掲げて日々を生きて行くことが大事なのだとは分かっている。
いまこのときに不安を表明して何になる!とおしかりを受けるかもしれない。
それでも、正直な心情を明かせば、不安だ。
東海~東南海~南海の連動大地震はいつ起るだろう。
福島第一原発の、メルトスルーして地中に潜り込んだ(であろう)核燃料はいま、人の目の全く届かぬ場所で、度々起る地震に揺られながら、いったいどんな挙動をしているのだろう。
そしてこのあと、どんな事態が起きるのだろう。
僕の心根の弱さを笑っていただいても構わない。
しかし、我々は3月11日に「何が起きるかわからない」ということを痛切に学んだ。
僕が上記した二つの不安の対象は、いまや、3.11のその「予想外だった出来事」よりもはるかに「予想に難くない」予見可能な出来事であり、「確実に備えをしておかねばならない」出来事になった。
何かが起ってからでは遅いのだ、と我々は「フクシマ」で学んだ。否、その深刻さに今現在も直面し、学び続けている。
せめてせめて九州と北海道は、我々北海道に現に住んでいる人間もふくめ、この列島に住む人びとのrefuge(避難所)として、最低限の平静さ、そして清らかさを守らなければならない、と強く思う。
だから、泊原発は、できればすぐにでも止めて欲しい。refugeがrefugeで無くなる危険要素を、取り除いて欲しい。(もちろんそれ以外の原発がどうでもよいというわけでは全くない)
いままでが暢気過ぎたのだ。
「電気が足りなくなったら、寒い北海道の冬場、大変なことになるでしょ」と、どこからか声が聞こえてくる。
しかし、それが本当かどうか検証もせずに、もしくは、そうならないような代替の道筋を模索する努力に目を向けようとせずに、ノンビリ気長に「とりあえずは現状維持ということで…」の構えを貫いていられるような状況ではないのだろうと、僕は思っている。
備えをしつつ、日々希望を掲げていきたい。