不定期日記

選択

今週初め、東京都心で知人との愉快な会食を終えた夜更けのこと。
心地よい酔っ払い加減で知人と別れ、そこから電車で小一時間ほど離れた滞在先への帰路につこうと地下鉄の駅へ降りてゆくと、下りプラットホームに、ドアを開きっぱなしにしたままの電車がじっと止まっていた。なぜだか動き出す気配がない。それどころか、車内やホームにいる人々もじっと立ち尽くしてスマホをにらみ、無言のまま忙しくタップ&スワイプを繰り返している。電車も、人も、じつに静かだ。そもそも、帰宅時間帯の下り路線にしては人の数も少ない。なんだろう、この状況は。
ホームの電光掲示板を見てその理由がわかった。「○○駅で発生した人身事故のため、現在運行を見合わせています」。
「人身」の文字に、胸の端でチリっとした冷たい感覚が走る。しかし同時に、なるほどそれでは電車は動こうとしないとはずだと、酔っ払った頭ながらに納得した。
人身事故による一時運休。都会ではよくあることなのだろうか。もともと首都圏近郊で生まれ育ったぼくだけれど、じつはこうした事態に遭遇するのは初めての経験だ。(北海道へ移住後に、自分が乗った汽車が富良野の原野で鹿をはねて立ち往生、ということはあった)
掲示によれば、その事故の“処理”と復旧には1時間以上かかる見込みで、動き出したとしても大幅な遅延が生じそうだという。「おおごと」なのだろう。
さて弱ったな。あいにく、ぼくがこれから向かおうとする場所は、同じ路線上のまさにその○○駅から少し先にある。舌打ちこそしなかったものの、「場合によっては今夜はここで足止めなのか?」と、小さな不安が頭をよぎった。
でも、すぐさま思い直す。なにを馬鹿な。ここは都心だぞ。花の大都市、世界のトーキョーだぞ。帯広くんだりのように、22時半の汽車に乗り遅れたら公共交通機関での帰宅がアウトになるようなド田舎とは、わけが違うのだ。大丈夫、終電は優に0時台まである。
それどころか、ここでは代替の方法、別のルートがいくらでもあるじゃないか。国鉄の民営化後、徹底したサービスの“整理”を繰り返すことで今やかろうじて主要都市間の幹線数本+αのみが残されることになった鉄路最貧地・北海道とは、全く事情が違う。この大都会では、滅多なことで「打つ手無し」になるようなことなど、あろうはずが無いではないか。
幸い現在地は渋谷駅にほど近い。東京を代表する副都心の一つである渋谷まで戻りさえすれば、くだんの○○駅を迂回し他路線を乗り継いでぼくの目的地へとたどり着く方法は何通りもある。もちろん乗り換えの面倒は増えるし、到着時間も遅くなるし、運賃も数十円から数百円余計に支払うことになるかもしれない。それでも、前途が途絶してしまうことに比べれば、なんてことは無い。行きたいところに行くための選択肢はいくらでもあるのだ。何も案ずることはない。
むしろ、その多数ある代替方法のうちどれを選ぶべきかを考えねばならず、ぼくもまたいそいそとiPadとにらめっこをするはめになった。
結局ぼくは、路線検索サイトが直ちに推薦してくれた幾つかの乗り継ぎ方法のうち一番リーズナブルな経路を選択し、渋谷経由で難なく目的とする駅へとたどり着くことができた。
電車を降りて改札を出、途中コンビニなどに寄りながら、滞在先までの夜道をぷらぷらと歩く。そのあいだ、ぼくは、ああやっぱり都会は便利だな、インターネットもやっぱり便利なものだなぁと、しみじみと、そして心から思った。
いろんな選択肢があること。とるべき道についての情報や手段が溢れんばかり準備されていること。それをいとも簡単な方法で自由自在に選ぶことができ、また直ちに活かせるということ。
誰がなんといったって、それはやはり大きな価値なのだ。人間生活における豊かさなのだ。だからこそ、都市も、サイバー空間も、成るべくしてそのように成ってきたのだ。
この、“あらゆるものが繋げられている”感と、それによる、そこはかとない万能感。とてもありがたい世に、ぼくは生きている。
でも、夜風に吹かれて程よく酔いがさめかけてきたころ、ぼくの頭の中ではもう一つの、じつのところあの電光掲示板を見て以降ずっと胸中にくすぶっていたある思いもまた、しだいにぐるぐると回り始めた。
「さっきの人身事故って、どんな事故だったのだろう……」。
事故にもいろいろある。全くの偶然で起こる事故もあれば、そうでない事故もある。さて、今夜の事故はどちらなのだろう。不慮のものだったのだろうか、それとも例えば、誰かがある思いのもとで自ら“選んで”生じさせた事故だったのだろうか--。
もし後者だとするならば、では、なぜ“その選択”は、その誰かにより“選ばれなければならなかった”のだろうか。数時間前、○○駅のプラットホームの片隅に立っていたであろうその誰かにとって、“それ”よりほかに選ぶべき選択肢、“それ”よりほかにとるべき道、もしくは、どんなに遠回りをしてでも立ち返るべき場所は、ひとつたりとも用意されていなかったのだろうか--。なぜその人は、この万能感で充し尽くされたかのような巨大都市の片隅で、自らの“道行き”を途絶する選択をしたのだろうか--。
ああ、ぼくはまたも馬鹿げたことを考えている。
そんなことは、ぼくが考えても仕方のないことではないか。思い巡らすだけ時間の無駄というものだ。こんなことはすべて、居酒屋帰りのほろ酔いオヤジによる下世話な妄想以外の何物でもない。そもそも、どこの誰がなにをしようと、何を“選ぼう”と、我関せずで放っておけばいいではないか。人はそれぞれ、自分が思いたいように思い、自分が選んだ道を行く。ただ自分の道だけ行けばいい。無理やりに現実と妄想とを結びつけ、会ったこともない他人のあれこれに関わろうとするな、馬鹿もの。
でも、そういう自分の馬鹿さ加減をなじれども、あのホームの電光掲示板を見た時のひやっと冷たい感覚が、北海道に帰ってきた今もまだ残っているために、全く不毛なことだとはわかりつつも、ついしつこくそんなことを考えてしまう。備忘録として書き残しておく。
(この日記を書いているうちに思い至った。「アンナ・カレーニナ」など読むべきではなかったか。中勘助を読むことで夏目漱石に思いをはせるべきでもなかったか。いや、それとてもやはり、馬鹿の妄想に基づく、無理やりにあれこれ関連付けただけの自省にすぎないかもしれないけれど、しかし、タイミングとしては、不思議でもある)