日の出頃に起き出して袋ラーメンを一つ食べ、インスタントコーヒーを飲んだら、カメラを持って出かける。
今朝は、普段あまり歩いたことのない小川沿いを散策した。
河畔に茂り始めた草の葉は、バイケイソウ、ミミコウモリたち。ひときわみずみずしく艶めいて美しい。
花は、今はまだ谷間が暗いために花弁こそ開いてはいないものの、ヒメイチゲ、コミヤマカタバミ、そしてこの近辺ではこの時期随一の彩りを見せるエゾオオサクラソウが目を引く。
ああ美しい。春の美しさだ。何枚か撮る。
いやいや、目を引かぬ植物たちとて、今を盛りに花を開いている。不勉強なため正式名称は知らないが、足元で群生するカヤツリグサ科のスゲの仲間なんて、クリーム色の細く繊細な花を穂状に開き、静かに風にそよいでいる。顔を近づけ、間近で愛でる。
ああ美しい。春の美しさだ。しかし、一枚も撮らない。
サクラソウも、スゲも、同じく美しい。でも、サクラソウは撮り、スゲは撮らない。
いや、「スゲは撮らない」は少し丁寧さを欠く言い方かもしれない。より正確に言うならば、「スゲは、いまのぼくには上手く撮ることができないので、撮らないことを選んだ」と言うべきだ。
ぼくの修練不足である。それゆえの、これは、スゲに対する不遜なのである。
例えば尾瀬や釧路湿原の観光シンボルともなっているワタスゲでもなく、サギスゲでもなく、そこいらの森の林床で目立つことなくただ風にそよいでいるカヤツリグサ科の連中の美しさを、いつか僕にも、ぶるると心震えるような美しい写真に写し撮ることができるようになるだろうか。そんなことをいつも考える。今朝もそれを考えた。
・・・・・
ひとしきり歩いたので、車へ戻ることにした。いまやって来た谷沿いではなく、少し遠回りして丘を巻いて帰る。
途中、ひときわズ太いアカエゾマツに行き当たった。ざっとメジャーで計ると、胸高直径120cmはあろうかという太さ。傍らに立つ直径70cmほどのミズナラが、か細く見える。今北海道の森に残るアカエゾとしては、間違いなく第一級の巨木だ。
恐れ入る。畏れ入る。樹齢300年はくだらないだろうと思う。ただそこにつっ立っているだけなのに、なんという威風。
ああ美しい。存在そのものの美しさだ。
しかし、やはりぼくはここでも、一枚の写真も撮らないでその場を立ち去ることにした。
斜面を下って小川に降りると、河畔では、すでに高く上った陽を浴びたカタバミやイチゲたちが白く大きく花を開いており、その横で、スゲたちが相変わらず涼しげに微細な花穂を風にそよがせていた。
せせらぎの音さえも色づいて感じられる、美しい春の森だった。
(写真は「フッキソウの花もコンニチは!」)