雪の森を歩く。今朝は−20度くらいにはなったろう。
息を鼻から吸えば、鼻水がうっすら凍る。
一本のアカエゾマツの古い枯立木に、カミキリムシの幼虫が開けたであろう穴が多数。
いずれも直径5〜7mmほど。
固く冷たいアカエゾマツの幹を無規則に穿っている。
エッジが真円に近い。
奥は深く、暗い。
美しい、と思う。
カメラのファインダーを覗き込んでそれを見つめているうち、
なんだか、写真に写すだけでなく、
ここはひとつ「穴」についての詩でもものしなければならないような心持ちになってしまった。
で、そのままぼーっと突っ立って、「穴」のことを考えた。
すると、きょんきょんきょーんと、威勢の良い大きな鳴き声とともに、
真っ黒なクマゲラが一羽、10mほど離れた別のアカエゾマツの枯立木に飛来した。
ばさりと幹に取り付く。
しばらくは枯れた樹皮をくちばしで弄ったり剥がしたりしていたが、
おもむろに、幹に穴を掘り始めた。
かっ、かっ、かっ、ここっ、こん。
小気味良い音を立てて、クマゲラが穴を掘る。
見事だ。
遠目でもわかる。ぐんぐん穴が、大きくなる、深くなる。
僕は、その様子をじっと見つめる。
それこそ穴が開くほど見つめる。
もちろん、アカエゾマツの幹には、僕による穴は開かない。クマゲラによる穴が開く。
こっ、こっ、かっ、こっ、こんっ。
しばらくののち、為すことを為し終えたのだろう、
クマゲラは、きょーんと大きくひと声あげると、
真っ黒い翅をばさりと鋭く広げ、どこかへ飛び立っていった。
あたりは、ものすごく静かになった。
もともとクマゲラが穴を掘る前から、静かすぎるほどに静かだったはずなのだが、
森は、さらに深く静かになった。
あとには、クマゲラにより成された穴が遺された。
もともとはそこに無かったはずの、穴という、あるものの「喪失」のあかしが、
いまそこに「在る」ようになった。
そして、穴について成すべきことも為すすべも分からずにいる僕もまた、
そのように一人そこに遺された。
クマゲラがいた場所に近づいてみた。
見ると枯木立には、その真新しい穴の他にも、
多分キツツキによって掘られたであろう穴が、それこそ無数に開いていた。
新旧入り混じるそれらの幾つかには、キノコの侵食がみられた。
穴は腐朽菌類のキノコによって埋められようとしていた。
そのキノコの充満は、程なくしてこの枯立木が分解され、
森のこの空間からぽっかりと消失するであろうことを意味する。
一見したところ、そのキノコは、多孔菌科のキノコであった。
僕は、カメラのファインダーの奥底に、クマゲラによる真新しい穴を覗きこんでみはしたが、
ただ覗き込んだだけで、写真には撮らなかった。
また、詩も、ものすることはできなかった。
相変わらず、鼻から息を吸えば、鼻水はうっすら凍る。
逆に、息を鼻から吐き出すと、呼気は微細な氷粒となって、
森の大気へちりぢりに溶け込んでいった。
今日は、ほぼそれだけの日になった。