不定期日記

冗長なつぶやき

何の役にも立たない冗長なだけの日記。
 
・・・・・・・
 
世の中には、過去においても今にあっても、頭のいい人たちがたくさんいる。ほんとうにいっぱいいる。
 
頭のいい学者、評論家、アナリスト、思想家、教育者、社会活動家、ジャーナリスト、技術者、経営者、起業家、投資家、官僚。
 
(あえてここに宗教家と芸術家、そして政治家をリストアップしなかった理由は、どうぞ自由に”邪推”してください😅)
 
その人たちの「頭のよさ」が表現され、実行され、実現される社会的舞台、環境条件、媒体=メディアがこんなにも多様性に富んで築き上げられてきた「いま」なのに、何でその「いま」、こんなにもニンゲン全体が幸せからほど遠いところを彷徨っているように見えるのだろう。
 
新型コロナが社会全体にもたらしている不幸せ感・不安感のことばかりではない。
 
ニンゲン、何でこうもうまくいかねぇんだろ。ぼくはずっとそれが不思議でならない。
 
ただ、その不思議が、ぼくに自問を促す。
 
“「頭がいい」とか「幸せ」とか「うまくいく」って、何だよ。そんなもの〈在る〉のか? お前の中でのそれは、お前やウイルスがそこに在るのと同じような確かさで、〈在る〉のか?”
 
その問いにぼくは明確に即答できない。
 
もちろん、「そんなもの単なる概念であって、〈在る〉わけがありません」と分かったようなことを口にすることはできる。
 
できるけども、そうしてはならないような気も結構強くする。
 
そして、だから、今はただただ、自らこしらえた卑小な「不思議の船」を、頭の悪い櫓さばきで漕ぎ続ける。もし誰かから楽園行きが約束された豪華船にご招待されても、今はまだ乗り込まないでおく。
 
以下はきっと世に云う”不謹慎発言”に違いないが、しかし、正直に言ってしまおう。
 
少なくともぼくの中には、その船漕ぎの〈たのしさ〉が〈在る〉。
 
もちろん、現実的な遭難の危機と隣り合わせのものとして。随分前からぼくの船底には穴が開いていて、おまけにぼくは、水面の上を歩けない。
 
で、いま、阿呆のように漕ぎゆく不思議の海原には、コロナウイルスたちが共に〈在る〉。


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