昨夜、町内の先輩写真家Mさん宅へ、借りていた撮影機材の返却に。
玄関先で最近の仕事の話になる。
Mさんはもう何年も、
道内の学生や若手教員たちが農家へ“ファームステイ”する取り組みの写真撮影を続けている。
先日も帯広市内でその写真展が開催されて話題になった。
じつは僕も以前、Mさんの仕事の手伝いで、
道内空知管内での若手教員たちのファームステイの様子を撮影したことがある。
農作業や農家の生活を共体験する中で、
教員たちだけでなくホストである農業青年たちもまた様々な刺激を受けている様子が見て取れた。
ゲスト・ホスト双方のこれからのあり方にとって、
これは非常に意義深い取り組みだなぁ、と思った。
Mさん宅での立ち話は、道内でのそうした取り組みの活性化の話を皮切りに、
農など地域産業のあり方やエネルギー生産のあり方、しまいには「貨幣」のあり方など、
あれこれと多岐に渡った。
その最後に、Mさん曰く
「これからは、世の中、より“ローカル”になっていくんじゃないかな」と。
それには、僕も大いに合点で、膝を打った。
僕は思う。
「なにはさておき、グローバルに、拡大成長を続けていこう」なんて、はっきりいって、古くさい。
いつの時代の話よ…と思う。
もう時代が、というか、生命圏たる地球(グローブ)が、それを求めていない。
むしろ拒絶しているみたい。
そんな古臭い発想のゴリ押しでは、今後もう世の中上手くいきっこないことを、
多くの人はすでに肌で感じているんじゃないかな。
だって、年明けから、世界中がなんだかお寒いよ?
(ある意味、その反動としての「トランプ熱」でもあるのでしょう。
feverが欲しいのだろうと思います。なんかわかる。)
一次産業にしろ、エネルギーにしろ、貨幣や信用経済活動にしろ、はたまた福祉や教育にしろ、
近いところで、ゆっくりと、顔をみながら、回して行く。
むやみに拡大と成長を目指さない。
よそ(遠く)で起こっていることのせいにしない。
誰かのせいにしなくてもなんとかなる強さを自らの内側に育てる。
かといって、内側だけを見て不都合をごまかすことはしない。
もうそれしかないだろ、その経験をいまからでも、個人的にでも、
できるところからコツコツ積み上げてくしかないだろなぁ、と思う。
ついでの最後っ屁で書けば、日本の東西あちこちにある原発の、
現在進行形のばかばかしい状況を見てると、ほんと、なおさらそう思う。
あんな(いろんな意味で)古臭いシステムもしくは「思想」に
これからもずぶずぶに頼っていって、
ほんとうに、ほんとうに、いいのでしょうか。
・・・・・
今夜の船便で、本州を経て四国へ。
高知の皆さん、再会を楽しみにしています!!!!!