不定期日記

陸前高田再訪


先ほど、7年ぶりに岩手県の陸前高田に立ち寄りました(滞在する時間がなく、ほとんど車で通過しただけですが…)。
 
2012年、東日本震災大津波で被災した地元写真館さんのヘルプで、地元の学校の入学式写真を撮りに初めて彼の地を訪ねたのですが、その時に見た津波被害の凄まじさ(震災から1年経っていたにも関わらず)がいまも忘れられず、今回、青森・奥入瀬から神奈川まで車で南下することになったので、久々に立ち寄ることにしました。
 
「復興道路」国道45号を南下し、通岡ICで陸前高田市街地へと入ります。

すぐさま目に付いたのが、市街地と海の境に文字通り壁のようにそそり立つ巨大な防潮堤。大きい、高い。視界は遮られ、まちの平場からは海は望めなくなっていました。(陸前高田以北の大船渡、釜石、大槌、山田、宮古の浦々も似たような状況でした)。
 
部外者のぼくでさえ、海の町なのに海が見えないということに、なんだか無性に「さみしさ」を感じました。海と共に暮らしてこられた地元の方々にとっては、その思いは如何ばかりか……と想像しました。
 
今後もし「想定外」の規模の津波が来ても住民の命と財産を守ることができるように、とのことなのでしょうが、ひとの営みと自然(海)の営みとがあまりにも決定的に分断されてしまったように感じられ、なんとも言えない気持ちになります。
 
防潮堤のすぐ内陸側の国道沿いには、将来は道の駅にでもなるのでしょうか、巨大で近代的な建物が建造中でした。市街地にも真新しいショッピングモールが出来上がっていて、以前とは見違えるようです。いや、実際、ぼくが7年前にお世話になった写真館さんがどこにあるか探してみたものの、あまりにも景観が違いすぎていて、残念ながら見つけることができませんでした。
 
7年前に目の当たりにしたあの恐ろしい瓦礫の山はもう見えず、すっかり「きれい」なまちになりました。住民の方々の生活も、順調に回復しているのでしょうかね。
 
それでも、まちのあちこちからはまだ重機の槌音がなり止むことなく聞こえ、主要な道をひっきりなしに大きなダンプが行き来していました。
 
2019年7月現在、まだまだ、本当の意味ではちっとも“片付いて”いないのかもしれません。何だか、後ろ髪を引かれるような複雑な思いで陸前高田を後にしました。
 
(石巻、仙台、山元など、立ち寄りたい場所、会いたい人たちがたくさんいるのですが、ごめんなさい、東京へ向かわねばならず、そのまま南下いたします。お許しください)
 
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そういえば、目下、選挙戦が繰り広げられているのですね。奥入瀬・十和田でしっとりと潤ったブナの森を歩き、そのあとでこうして気まぐれに被災地巡りなどしているぼくには、その選挙戦というやつが、なんだかいろんな意味で「別の世界で起こっていること」のように感じられます。どっちが現実なんでしょう。いかんいかん。ちゃんと自分ごとにしなければいけないのだ。もちろん、自宅へ戻ったら投票はします。今日見た東北の浦々ことも思い返しながら、票を投じます。