面積にして834万平方キロメートルの大地はじつに多様な顏を見せてくれます。世界遺産登録となった知床は道内で最も自然豊かな地域です。知床半島の大部分は羅臼岳から知床岳を背骨にする森林地帯。人が住めるのは海岸沿いのほんのわずかな部分です。羅臼や宇登呂から岬先端までの道路もありません。岬先端に近づくにつれ、海岸に放置された鹿の骨や打ち上げられたイルカが自然の厳しさを語っています。岬に立つ灯台の前面はクマザサの平原で「熊の踊り場」と呼ばれています。ひとがひとりもいない静けさが知床の自然を実感させます。
北海道には一方で人口180万人(全国中5番目)の札幌があります。明治2年(1869年)に開拓使が設置されて以来140年の時を経て人の力が都市を創りあげました。展望室から街を俯瞰すると水平・垂直の構築物によって人力の偉大さを見ることができます。しかし都市を囲む山々や遠大な空を見上げると、ひとは結局自然に包まれているのだと知らされます。
自然に逆らわず、自然の時間に従って溶け込むように生きる動物や植物たち。
ひともまた自然の中に共生できるのは自然の恩恵によるもの。自然に逆らっては生きてゆけません。ひとも動物も植物もすべて北海道の自然の一部です。
■ 「北海道 自然と人の共生域」と題された写真展をオフィシャルに紹介するこの文章を読んで、僕は首をひねらざるをえない。
■この写真展は、自然と人という切り口で北海道を包括的・総覧的に見ようという企画であるようだ。
■しかし、そのような企画の紹介文において、「開拓使」以来その「偉大」な「力」を振るって十分すぎるほどに「自然に逆ら」い続けてきた「ひと」たちの歴史的営みは(一部)肯定的に言及しているのに、その一方で、それら「偉大」を自認する「ひと」たちよりもよっぽど深いレベルで実践的に「自然の中に共生」してきたこの地域の先住者”アイヌ”(彼らのことばですなわち「ひと/人間」の意)”については、ただの一言すらも言及が為されないのは、一体、何ゆえなのだろう。
■その、自然史的観点からも歴史的観点からもあまりにアンバランスで不十分な、現代的にみればかなり古めかしい「北海道観」がここで”再び”公に向けたメッセージとして形をあたえられてしまっていることに、僕は首を傾げざるを得ない。
■ここで僕が”再び”、というのには訳がある。
■それは、ここに指摘した「北海道観」のバランスの悪さ、視野の不十分さは既に、この写真展の原点ともいえる昨年開催の「CAN展」における公開トークイベントの中で、北大教授・小野有五氏から「ショックでした」という重たい言葉とともに直接的に指摘を受けていた事柄であったからだ。
■もしかしたら、こうした指摘に対し主催者は、CAN展の時と同様にこう言うかもしれない。「もちろん我々は、北海道の歴史や文化にアイヌが深く関わっていることは理解し承知している。しかし、展示する写真作品中にアイヌを直接取り扱ったものがないのだから、紹介文中でアイヌに言及する事は、かえって不自然である」と。
■しかし、そうした「知ってはいるが、現状として”見えない・見えづらい”ものであるから、それは”無きもの”として扱っても許されるのだ」という捉え方こそが、じつは「140年の時を経て」いまなおアイヌが抱え込まされ続けている諸課題(ひいては、この北海道という地域や自然が背負わされたてきた諸課題)の根源に横たわっているということは、ぜひ知っておいた方がいい。
■ましてや、曲がりなりにも、ある種の「表現者」であったり、客観的事実の「記録者」であることを自認する者達が多数を占める”職業的写真家集団”であるならば、「自然と人」また「共生」と銘打った「北海道」にまつわる企画の中で一切アイヌに言及しないことが恐ろしく”不自然”であることには、自ずから気付くべきであるし、その不自然さや不十分さをどう補ったらいいのかを真摯に検討してしかるべきである。
■なにしろ、遠からぬ過去(CAN展)において、自ら意見を乞うために招いた専門家から直接に視点の不十分さや取り組みの未熟さを指摘されているのだ。
■「140年の時を経て」いまなお”消えゆく存在”という印象を負わされ、「多様」性や「共生」の視界から未だに疎外され続けている”ひと”びとへ寄せる、「ひと」としての内省が、この一文の中に全く見られないのは、時代的にも、また事の経緯の上からも、僕には本当に不思議でならない。
■紹介文は言う。「ひとがひとりもいない静けさが知床の自然を実感させ」ると。
■しかし、「偉大」な「人力」を誇る外来の「ひと」たちが単に”利用の困難”を理由として長らく放置してきた結果であるこの地の「静けさ」の内には、おそらく、もとよりこの地で豊かな「共生」を体現してきたであろう先住の”ひと”たちのひそやかな歌声が、折々に響いていたはずである。
■またそれは、「世界遺産」というブランド化を喜ぶ「ひと」たちの歓声とは異質の、真に「自然の恩恵」を称える真摯な祈りに満ちていたはずである。
■もしも我々が今後本気で「北海道の自然の一部」たらんとして生きようとするのであれば、いまこそ、そのことにこそ想像力を傾けるべきなのだと思えて止まない。