不定期日記

【本の紹介】『奥入瀬渓流野草ハンドブック 初夏〜秋の花』

本の紹介、今週2冊目!
 
『奥入瀬渓流野草ハンドブック 初夏〜秋の花』
発行:奥入瀬自然観光資源研究会

みなさんが「野の花を愛でる」と聞いて思い浮かべるのは、どんな花のどんな情景でしょうか。この際、花の名前など挙げなくても構いません。一つのシーンとしてそれはどのように脳裏に映るでしょう? 目を閉じてちょっと想像してみてください。
 
多くの方々にとってそれは、タンポポや菜の花の黄色、スミレの紫色、オオイヌノフグリの水色、レンゲソウやネジバナのピンク色の風景かもしれません。
 
そうした里の花々ではなく、もう少し山野草寄りの花に関心が高い方にとっては、カタクリやエゾエンゴサクやキバナノアマナ、場合によってはシラネアオイやオオバナノエンレイソウなどが織りなす色鮮やかな情景かもしれません。
 
そう、「野の花」と聞いて思い浮かべるのは、やっぱり、明るく柔らかな「春の風景」ですよね。それは、四季の変化に富んだこの日本列島に住むわたしたちのココロに刷り込まれた一つの原風景と言えるかもしれません。
 
しかしね、ぼく、いまから至極当たり前の事を、野の花たちに成り代わって、ずいぶんと大きな声で言いますよ。いいですか。
 
『ばーろー!夏にだって花は咲くんじゃい!ちゃんと見れ、オレらを!』笑
 
いや……
 
愛すべき野草たちがこんな乱暴な言葉づかいをするかどうかはしりませんが……😅
 
  
言わずもがな、春の花たちはとかく我々人間の印象に強く残ります。それは、厳しい冬を乗り越えて花開かせる野草の強い生命力に人間の感性が感応するっていう心理的な側面もあるでしょうが、もう一方で「ビジュアル的な理由」もあるのだと思います。
 
冒頭に挙げたような春を代表する花の多くは、森の樹冠や地表に色濃い草葉がこんもり生い茂ってしまうその前にいち早く花を開かせます。
 
つまり、生存競合する他の植物も少なく、まだあっさりと開放的なままの大地の上で、直射光や新緑の透過光を明るくたっぷり浴びることができるので、春の花たちはおのずから“目立って輝けちゃう”ってわけですね。
 
でも、これも言わずもがな、夏に咲く花たちはそういうわけにはいきません。季節が進み陽が強く高くなればなるほど、葉陰、森陰はその厚みと暗さをぐっと増していきます。
 
つまり、その陰の中で、人間の目にはなかなか目立たないんだ、夏の花ってやつは。
 
この『奥入瀬渓流野草ハンドブック 初夏〜秋の花』は、そういう花たちの〈秘められた輝き〉〈知られざる美しさ〉に、カメラアイでまさに“スポットライト”を当てるかのような本なのです。
 
ぜひページを繰ってみてください。初夏から秋までの季節の流れに沿って紹介される花たちの写真は、ページが進めば進むほどに、ああ、背景がぐんぐん真っ暗に(笑)。これスタジオ撮影か?…と。
 
(中には本当にストロボ撮影している写真も複数枚あります)
  
でも。でもね。でもよ。
 
そんな、生の気配が濃密に匂う、ブ厚くて暗い背景の前に浮かび上がった花々の、じつに繊細な美しさ、じつに緻密な美しさよ。「写真は“背景”で決まる」というのはぼくの持論なのですが、それはこれら夏の花々のためにある言葉かも、なんて思ったり。
 
もちろん、花を愛でるだけが野草の愉しみではありません。夏から秋の奥入瀬の森の最深層を〈生命〉でブ厚く満たしている張本人がまさに彼ら「夏草」です。森林生態系の多様性を根底で支える彼らの個々の生態のフシギさやユニークさも、本書は写真とテキストでたっぷり紹介してくれます。
 
こうした植物の紹介の仕方ができるのも、発行者である奥入瀬自然観光資源研究会、通称「おいけん」が奥入瀬のフィールドの深いところまで知り尽くしているから。これ、書評にありがちな「著者ヨイショ」のように聞こえちゃうかもしれませんが、違うんです。フィールドに文字通り精通すること、そしてそれを他者に伝わり得る表現にまで昇華させることって、ハンパなことじゃないんです。
 
これ、ポケットに収まる小さなハンドブックですが、それだけに、濃いです。
 
奥入瀬はいま、いよいよ勢緑の頃でしょう。ぜひこの本を携えて森陰に野草たちを訪ねてみてください。きっと草たちが「まってたよ、見つけてくれるのを」って、耳には聞こえぬ低い声でそっと囁きかけてくれますよ。


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